来年開かれる「大阪・関西万博」のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。世界中の人々が集い、技術や文明の進歩を示すだけでなく、進歩が地球環境やあらゆる生命のあり方について問い直す場でもある。石毛博行・日本国際博覧会協会事務総長と、パリを拠点に日本文化を発信する国際交流基金パリ日本文化会館の鈴木仁館長の二人に、文化や未来について語ってもらった。(司会=毎日新聞大阪経済部長・久田 宏)
― 石毛さん、大阪・関西万博(国際博覧会)とはどのようなイベントなのですか。
石毛 万博はリアルに「世界を見せ」「未来を見せる」場所です。会場で世界や未来に触れることに価値があります。日本では1970年の大阪(千里)の万博以降、2005年の愛知万博まで国内の万博は5回開催。今回の大阪・関西万博には、160以上の国・地域・国際機関が参加を表明しています。想定来場予定者数は2820万人、開催期間は184日間に及ぶ巨大な世界イベントです。 万博の歴史は1851年の第1回ロンドン万博で始まり、以後万博のテーマは少しずつ変化しています。最初のロンドン万博は産業革命を背景に当時の科学技術の粋を前面に出した国力表現の色彩が強かった。1900年代半ばまではそういう性格でした。その後、第2次世界大戦後は、科学技術を打ち出すだけではなく、人間性といった側面も加わるようになりました。1994年に世界の課題解決を念頭に置いて万博の意義、目的の見直しが図られたことでさらに変化、2005年愛知万博では「自然の叡智」がテーマとなるなど、現代社会が直面する地球的な課題解決にテーマが変化してきました。
― 鈴木さんにお伺いします。1855年の最初のパリ万博を含め、パリ万博は過去8回ほど開催されています。パリで日本を発信し続けているパリ日本文化会館ですが、万博をどう受け止めておられますか。
鈴木 パリ日本文化会館は1997年に設立された、世界で最大規模の日本文化の発信拠点です。エッフェル塔や、日本が初めて参加した1867年のパリ万博のメイン会場となったシャン・ド・マルス公園にも近く、日本が国際舞台にデビューした記念すべき場所です。そうした場所で今、日本文化を発信していることに不思議な縁を感じます。 1970年の大阪万博を振り返ると、「人類の進歩と調和」がメインテーマでした。「進歩」に関してはある程度実現しましたが、「調和」についてはいわば「宿題」として残されたままです。フランスの文人(作家)で、ドゴール政権で文化相を務めたアンドレ・マルローが1974年に来日した際に和歌山の「那智の滝」を訪れ、日本文化の根底にある「精神性」に強い感銘を受けたといいます。「調和」を実現するうえでひとつのヒントになるのではと思っています。
石毛 万博には鈴木館長が話された文化という側面があるのですが、日本ではイノベーションの機会創出の場であるという受け止め方が強い。万博ですから各国それぞれが地球の未来について必死に取り組んでいることを、万博を通して証明しようとしています。
鈴木 そうですね。フランスは、世界的なコロナ禍で開催された東京オリンピックについて「日本という国でなければできなかった」と信頼しており、「その日本でやる万博を楽しみにしている」と語る関係者がすごく多い。昨年フランスで開催されたラクビーW杯、今年はパリでオリンピック・パラリンピック、そして来年は日本で万博という世界規模のイベントが続くいい流れです。当館は活動の指針となる中期ビジョンで「追い風を活かして世界への『日本の窓』となります」とうたっており、日本とその文化の魅力を発信していくうえで、またとないチャンスと捉えています。
石毛 今年1月にルクセンブルクの起工式後に行われたレセプションへ出席したときに、ルクセンブルクの副首相から「主催者は、万博の準備、開催期間中は、批判されるだけ。開催して『よかった』と評価されるのは会期終了後の段階でしかありません」と励ましの言葉を貰いました(笑)。
リアルに人が集まる場所は大切
― 大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。これにはどのような思いが。
石毛 当初は、「健康」と「長寿」への関心がとても強かったのですが、その後、命を脅かす世界的な気候変動やコロナ禍、戦争、そして日本でも自然災害が続きました。「いのち」は人類共通の課題で「命のある限り輝いていける社会の実現」に向けた思いを込めました。また、人間の活動によって地球環境に大きな負荷をかけ、人類の命だけでなく地球全体の生命についても考えなくてはならないことを突き付けられています。人の命と地球の命です。こうした現実からテーマを決めました。
鈴木 なるほど。先ほどマルローの例をひきましたが、17世紀のフランスの哲学者、ルネ・デカルトに代表される西洋流の近代合理主義が曲がり角を迎えていると多くの人が感じており、これからの世界は「感性」や「美意識」がますます重要になるのではないでしょうか。そうした時代にあっては文化の果たす役割が大きく、日本とフランスは通じ合う面が多いと感じますし、当館が文化を通じて日仏交流を促進する意義もますます大きくなっています。
石毛 今回の大阪・関西万博の会場には一周約2㌔㍍の大屋根リング(高さ12~20㍍)があり、その中心に8人のプロデューサーがパビリオンをつくり、この万博のテーマである「いのち」を表現します。8人のテーマ事業プロデューサーのひとり、福岡伸一さん(青山学院大学教授)は「いのちを知る」をテーマに、生命体系の中にある私たちの命について解き明かします。例えば、体の一部が壊れても、物質は常に新しいものに入れ替わって再生していく分解と合成の絶え間ない均衡、即ち「動的平衡」の概念を発信していきます。
同じくプロデューサーの石黒浩さん(大阪大学教授)は「いのちを拡げる」をテーマに掲げ、新たな科学技術の力によって、人や生物の機能や能力を拡張し、いのちを拡げる可能性を探求していきます。AIなど技術の急速な進歩で50年後、あるいは1000年後に人類はどうなるのか、そういった未来の姿を示していただけるのではないでしょうか。来場者には「いのちを知る旅」を体験、理解していただき、何が問題なのかといった「問い」を見つけていただきたいです。
鈴木 科学技術の進歩が果たして本当に人間の幸せにつながるのだろうかという問いは、永遠の課題でもありますね。当館でもそうした問題に取り組んでおり、例えばAIの将来とその課題に関する講演会を行いました。また、「長寿先進国」の日本の例を紹介しながら、「長寿社会における幸福」や「長寿社会と雇用」などの問題についても取り上げました。いかにして、持続可能(サステナブル)で誰ひとり取り残さない(インクルーシブ)世界を構築するかを考えていきたいと思います。
石毛 バーチャルの進歩は便利ですが、対面して解決するリアルなやり方は大切です。今日まで生きてきたことによって未来が決まるわけですが、逆に未来の姿をイメージすることによってこれからの行動が変わってくるというアプローチもあるわけです。未来の姿を想像することによって自分の生き方が変わってくるのです。これを万博の会場で五感で感じて確認していただきたい。そして、この混迷した世界の中で生きていく術を探しつかみ取っていただきたい。
― 鈴木館長はいかがですか。
鈴木 事務総長がおっしゃる通り、「人と人が出会う」ことが大切であり、当館もそうした「場」を提供していきたいと考えています。お陰様で当館には年間17万人もの方々が訪れており、パリにある各国の文化施設の中では有数の集客力を誇っています。フランス人に日本文化を発見していただくだけでなく、日本人に日本文化を「再発見」していただきたいと願っており、今後もフランス、ヨーロッパ、そして日本からも、ますます多くの方にお越しいただきたいと思います。
― 本日はありがとうございました。
【 取材協力:パリ日本文化会館 】