教養・歴史 書評

日米戦争の下での日中戦争 歴史学者が解く「失敗の本質」 評者・田代秀敏

『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2』

著者 広中一成(愛知学院大学准教授)

角川新書 1056円

「日本は第二次世界大戦で米国には負けたが中国には負けなかった」と考えている人は少なくない。

 そう考えるのも無理はない。毎年8月になると戦争を特集した報道が増えるが、大半は対米戦争がテーマであり、対中戦争が取り上げられることはまれである。高校の世界史の教科書に、太平洋戦争下の中国戦線のことは何も記されていない。

 しかし、1945年8月15日の敗戦時に、中国戦線には105万人の日本兵が派遣されており、太平洋戦線の81万人を上回っていた。中国東北部(旧満州)を含めると172万人で、海外派遣全兵力310万人の55%を占めていた。

 千鳥ケ淵戦没者墓苑の「先の大戦における海外主要戦域別戦没者数一覧図」によると、1937年7月7日以降の中国本土での一般人を含む日本人戦没者数は46万5700人で、フィリピンの51万8000人に次ぎ、沖縄の18万8140人を上回る。中国東北部(旧満州)を合わせると71万1100人で、海外における全戦没者数240万人の30%を占める。

 それにもかかわらず1927年生まれの戦中派作家の児島襄(のぼる)は、全3巻・全1479ページの大著『日中戦争』(1984年)で、太平洋戦争下の中国戦線に1章(8ページ)だけを割き、敗戦時に武漢近くにいた日本軍将兵の「我々は勝っているではないか。負けたことは一度もない」という言葉は「在中国日本軍のほとんどの感想であった」と記している。「目標地の攻略、占領地の保守などの成果が、『勝ち戦』の印象を与えていた」のであり、それが今日まで続いている。

 だが、日本軍が河北・山西・山東・河南の華北4省で劣勢を跳ね返すため、主要都市・資源産地とそれらをつなぐ鉄道線路との「点と線」を超え、周辺に広がる農村部を面的に支配しようとすると、中国国民党政府の軍隊である「国府軍」および中国共産党の軍事組織である「八路軍」による激しい抵抗に直面した。

 日本軍は国府軍を撃退できても八路軍は倒せなかった。八路軍は単なる軍隊ではなかった。中国共産党とその行政組織さらに民衆と結合し、軍事・思想・政治・経済の諸施策を巧みに統合して講じる組織だった。

 日本軍は毒ガスや細菌兵器までも使い八路軍を攻撃したが、毛沢東の「持久戦」戦略にはまり完全に敗北していった。その「失敗の本質」を歴史学者の著者は日中双方の資料を丹念に比較して初めて明らかにする。

 中国ビジネスを検討するためにも、東アジアの安全保障を考察するためにも、必読の一冊である。

(田代秀敏・infinityチーフエコノミスト)


 ひろなか・いっせい 1978年生まれ。愛知大学大学院中国研究科博士後期課程修了。専門は中国近現代史。著書に『後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線』『傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史』など。


週刊エコノミスト2024年8月13・20日合併号掲載

『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2』 評者・田代秀敏

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