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経済・企業 第64回エコノミスト賞記念論文

多様な影響もたらす輸入 賃金を上げ雇用増やす面も 遠藤正寛

 第64回エコノミスト賞を受賞した『輸入ショックの経済学』(慶応義塾大学出版会)の著者が、輸入が雇用・賃金に与える影響などについて分析する。

>>2023年度エコノミスト賞の遠藤正寛・慶応大教授を表彰

 読者諸氏の勤務する会社で輸出が増えたら、給与や従業員数はどうなるであろうか。多くの会社で、売り上げや利益の増加が期待できよう。それによって会社の規模が拡大し、給与や賞与も上がるかもしれない。

 今年に入って、1ドル=150円が基調になったかのような円安は、日本の輸出を促進している。日本の機械製品や自動車を船舶や飛行機に積み込んで海外に届ける輸出に加え、海外からの観光客が日本で飲食サービス、宿泊サービス、土産品を購入する形の輸出も増加している。その恩恵を受けている産業や企業は多い。輸出増加の影響は、比較的理解しやすい。

悪影響を連想するが……

 これに対し、輸入増加が国内製造業の雇用や賃金に及ぼす影響はどうであろうか。輸入増加の影響として多くの読者がまず思うのは、輸出の場合とは逆の、競争の激化による悪影響であろう。例えば、日本でベアリング(軸受け)の輸入が増加すると、日本産ベアリングと輸入品との競合が激しくなり、国内ベアリングメーカーの利益が減少し、それが雇用の減少や賃金の下落をもたらすかもしれない。これは、購入者の選択で外国産商品が国内産商品と競合する側面からの説明であり、輸入商品を最終財として解釈している。

 しかし、輸入商品の購入者の中には、それを自社製品の生産に用いている会社もある。そのような会社にとっては、以前よりも安い、あるいは品質の高い原材料や部品が外国から調達できれば、それによって価格や品質で自社商品の魅力を高められる。例えば、ベアリングの輸入は、国内のベアリングメーカーにとっては最終財の競合であるが、それを部品として使用する自動車メーカーにとっては中間財の輸入である。輸入商品の中間財としての側面を考えると、輸入の増加が雇用の増加や賃金の上昇につながる可能性がある。

 輸入の影響は、外国から輸入をしている企業だけでなく、その企業と取引関係のある国内企業にも及ぶ。その影響は、負の場合も正の場合もある。負の影響の例として電気自動車の輸入を考えると、それによって日本製自動車の販売量が押し下げられるだけでなく、国内自動車メーカーに自社製品を納入している国内鋼材メーカーの販売額も減少させるかもしれない。これに対して、正の影響の例としてタイヤの原料である合成ゴムの輸入を考えると、それが国内タイヤメーカーの生産を伸ばし、さらにはそのメーカーに原料を供給している国内化学工業品メーカーの生産も伸ばすかもしれない。

 輸入や輸出でこれまで例示してきた影響は、企業や労働者の特徴によって表れ方が異なることも考えられる。例えば、長年にわたり外国から部品や原材料を調達してきた企業では、輸入による調達量の変化に速やかに反応して調達網全体の調整や組織変更を行い、それが雇用や賃金を変化させるが、そうではない企業ではこの反応が遅いかもしれない。また、労働者については、陳腐化した技術によって生産されている低価格品の輸入が増加すると、高い技能を持たない国内労働者がその影響を強く受け、賃金がより低下する可能性がある。

 以上のように、輸入が雇用・賃金に影響を及ぼす経路にはさまざまなものがある。本論では、主要な経路の影響について、1990年代半ばから2010年代半ばまでの日本のデータを用いて、筆者が推計した結果を紹介する。

 なお、本論で考えたいのは輸入「量」の増加の影響である。輸入「額」の増加ではない。円安によって輸入品の円建て価格が上昇すると、外国から部品や原材料を購入している企業にとっては、仕入れ額の増加になり、利益を圧迫する。他方で、輸入品の日本円価格が上昇すると、国内産品が価格面で有利になるという利点もある。現在の日本では、これらの側面の影響も大きくなっている。しかし本論では、そのような輸入価格の上昇ではなく、輸入数量の増加の影響を考える。

「上流・間接輸入」が効果大

 まず、輸入増加が雇用に及ぼした影響を観察する。ここでは、1996年から2016年の間に、中国からの輸入の増加によって変化した日本の製造業従業者数を推計した結果を紹介する。なお、日本の輸入の増加には、日本国内の原因(高齢化、国民の好みの変化など)と、日本国外の原因(外国での生産能力の拡充、輸送費の低下など)があるが、以下では日本国外の原因による輸入増加の影響を推計する。また、日本で産出量の非常に少ない地下資源を多く用いる産業(例えば石油精製業や非鉄金属製錬精製業など)は、分析対象から外している。

 表1には、この期間に実際に減少した製造業従業者数と、輸入による影響の推計数がまとめられている。推計数には、108産業のデータで分析した結果と、228地域のデータで分析した結果の二つがある。地域データを用いた推計結果には、輸入の影響が地域内で波及・増幅した効果も含まれる。

 輸入は3種類を考えている。まず、直接輸入は、日本国内の事業所が従事する産業が生産する商品と同じ分類の商品の輸入である。次に、下流産業からの間接輸入は、事業所が生産する商品を部品や原材料として購入する産業と競合する商品の輸入である。最後に、上流産業からの間接輸入は、事業所が生産する商品の部品や原材料の輸入である。自動車部品メーカーであれば、直接輸入は同じ部品の輸入、下流からの間接輸入は自動車の輸入、上流からの間接輸入はベアリングの輸入が該当する。自動車部品メーカーの雇用への影響としては、直接輸入と下流産業からの間接輸入にはマイナスの、上流産業からの間接輸入にはプラスの影響があると予想される。

 表1の結果を見ると、産業レベルの分析でも地域レベルの分析でも、輸入の雇用への影響は予想通りである。ただ、上流産業からの間接輸入が雇用を拡大させる効果は、地域レベルの分析で非常に大きい。より詳細な分析によると、これは中国からの原材料や部品の輸入増加が中小事業所の廃業を防ぎ、地域経済全体の下支えになったことを表している。96年から16年の間に中国からの輸入増加が減らした日本の製造業の従業者数は、産業レベルの分析では56万人、地域レベルの分析では14万人と推計された。これは、同期間の実際の減少数である353万人と比べて、それほど多くはない。

 この分析を用いて、輸入による従業者変化を産業別、地域別に推計することもできる。その結果が表2と表3である。産業別である表2を見ると、減少数では繊維・衣料、電気機械器具、電子機器で多く、減少率では軽工業品で高い。これは、読者の予想と合致するものであろう。他方、中国からの輸入品を原材料や部品として多く使う産業で雇用が増加していることもわかる。また、地域別の表3によれば、繊維・衣料、電気機械器具、電子機器のメーカーが多く立地する地域で雇用減少率が高く、自動車産業が多く立地している地域では雇用が増加している。輸入の産業・地域への多様な効果が観察できた。

大企業で賃金改善

 次に、中国からの輸入が賃金に及ぼす影響を図示したのが図1である。この図の作成では、まず、98年から14年の賃金データと輸入データを…

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週刊エコノミスト

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