私のこの1冊『とてつもない特権』 変動より根本の「仕組み」理解を 後藤康雄
有料記事
『とてつもない特権』(バリー・アイケングリーン著、勁草書房)
戦後、長くおびえ続けた「円高」も今は昔――。2022年以降の円安は、「安い日本」「貧しくなった日本」を象徴する存在となった。なぜ、円安が進むのか、なぜ、ドルは強いのか、円安に高まる関心や不安を契機に、通貨を学んではどうか。円、ドル、ユーロ、ポンド、人民元……国家や地域の威信である通貨を学ぶための最適な1冊を専門家に厳選してもらった。どれも通貨を理解するために欠かせない名著ばかりである。乱高下相場に惑わされないための読書だ。
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私事ながら、評者は日本銀行などでの勤務を通じて国際金融に触れる機会が何度かあった。それらを経て長年感じてきた疑問がある。わが国では、日々の為替変動には高い注目が集まるが、その大元にある国際通貨制度という「仕組み」自体への関心はあまりにも薄いのではないか──。米ドルを基軸通貨に据える現体制は、わが国ではさながら“所与の条件”のごとくに扱われる。本書は、国際金融の泰斗が、ドル1強体制は天から降ってきた与件ではなく、政治の駆け引きや国家戦略などによる歴史の産物であることを詳述し、将来像を展望した文献である。
米国以外の国々が海外から財やサービスを輸入する際、支払いのために自国の財やサービスを輸出してドルを確保しておく必要がある。唯一米国はドルを発行するだけで決済ができる。この通貨発行益(シニョレッジ)という「とてつもない特権」を米国は享受し続けている。
我々はややもすると、世界最大の経済大国による基軸通貨の供給を当然のこととみなしがちである。しかし、たかだか100年ほど前、米国経済の規模はすでに世界一だったが、ドルは英ポンドやドイツ・マルクなどと並ぶ、あるいはそれ以下のローカル・カレンシーに過ぎなかった。本書では、ドルの地位確立までの紆余(うよ)曲折や、ドルに次ぐ通貨ユーロの誕生など、今日の国際金融システムへとつながる歴史的な経緯が記される。知謀にたけたケインズの奔走、孤高の中央銀行・ブンデスバンクを動かした西ドイツのシュミット首相(当時)の情熱など、千両役者らが…
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週刊エコノミスト
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