教養・歴史 書評

著者の『吾妻鏡』の捉え方に疑問 歴史学者の奮起を促す 今谷明

 古代史における『日本書紀』をはじめ「六国史」に相当するような史書は中世には存在しない。平安時代には古記録として公卿(くぎょう)の日記なるものが登場したが、史料として学者が使おうとすると、困難な点が多い。

 ところが、鎌倉時代になると『吾妻鏡(あずまかがみ)』という幕府が編さんした史料が出現するので、歴史学者にとっては非常にありがたい。かつて室町時代史の執筆を志していた評者は、『吾妻鏡』を駆使して歴史が描ける鎌倉時代史家をうらやましく思ったものだ。室町期には、幕府が編さんした史料・記録はまったくない。国史大系の中に『後鑑(のちかがみ)』という室町期を描いた編さん書が収められているが、これは実は江戸時代の学者が作った史料で、同時代のものではない。

 藪本勝治著『吾妻鏡 鎌倉幕府「正史」の虚実』(中公新書、1100円)は、この編さん書の成立についての包括的な入門書であるのみならず、成立時期や編者、さらに採用史料にまで踏み込んで論じた興味深い本である。著者によれば、『吾妻鏡』は永仁の徳政令が出された13世紀末ごろの成立で、問注所(もんちゅうじょ)(訴訟に関する機関)執事や評定衆(ひょうじょうしゅう)(幕府の協議機関のメンバー)など幕府要職を歴任した行政官が編者であったらしい。しかし本書は叙述範囲が鎌倉前期に偏り、元寇(げんこう)などの重大事件が漏れているのはやはり遺憾に思われる。

 本書は「史…

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