日本の成長戦略の本気度を問うセブン買収提案 長谷川克之
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海外の投資家から見れば、日本市場は世界の中でもスイートスポットである。歴史的な円安に加えて、買収に対してルールに基づき冷静に対応する環境が整いつつある。
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『Barbarians at the Gate(邦題:野蛮な来訪者)』。食品やたばこのコングロマリット(複合企業)RJRナビスコを巡る1980年代末の巨大買収劇を描いたドキュメンタリーである。米国では企業買収についての古典的なテキストともなった。セブン&アイ・ホールディングス(HD)に対するカナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収提案は現時点では必ずしも敵対的なものではないが、同社、そして日本企業に対して「野蛮な来訪者」が、すぐそこまで来ていることを示唆するものである。
過去最大の買収額
日本を代表する小売り大手のセブン&アイに対する総額7兆円規模の買収は実現すれば、2018年の米ベインキャピタルなどによる東芝メモリ(現キオクシアHD)に対する買収額(総額約2兆円)を上回り過去最大となる。日本企業が海外での買収を加速させる一方で、海外企業の日本への関心はこれまで総じて低かったが、それが変わりつつある。背景には日本での企業価値の低さと向上への機運醸成、そして企業買収に対する受容性向上がある。
15年に企業の「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のため」のコーポレートガバナンス・コードが制定され、上場会社に適用されてから早9年が経過した。コンプライアンス(法令順守)などの「守り」と稼ぐ力向上の「攻め」の両面でガバナンス(統治)を強化することの重要性は広く認識されるに至っている。23年3月には東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業などを念頭に置きつつ、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。
しかし、企業価値の向上はいまだ道半ばだ。上場企業のPBRはプライム市場平均(連結総合、単純平均)で1.2倍にとどまっている(24年9月時点)。スタンダード市場では0.8倍と1倍を割り、企業価値が清算価値を下回っている状況が続いている。ちなみに、セブン&アイのPBRは1.6倍と平均以上ではあるが、クシュタールの3.7倍と比べれば大きく見劣りする。
両社の株式時価総額を比較した場合には歴史的な円安もセブン&アイにとっての逆風となっており、クシュタールの時価総額はセブン&アイを凌駕(りょうが)している(図)。セブン&アイに限らず、円安は円建てで見れば日本企業の業績押し上げ要因だが、外貨建てで見れば海外競合企業にとっての割安感を強め、被買収リスクを高めるものであることは言うまでもない。
ポートフォリオの再構築
クシュタールによる買収提案を受けてセブン&アイは取締役会議長を委員長として、独立社外取締役のみによって構成される特別委員会を組成している。そして特別委員会は株主をはじめとするステークホルダー(利害関係者)の利益最大化を図る義務を負うこととしている。こうしたセブン&アイの対応は、23年8月に経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」に沿ったものである。
同指針は、企業価値・株主共同の利益の原則、株主意思の原則、そして透明性の原則の三原則を提示し、取締役会の独立性補完と取引の公平性確保の観点から独立した特別委員会の設置を勧め…
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週刊エコノミスト
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