日鉄のUSS買収を阻むのは米国内で進む“分断”だった 黒澤広之
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経営陣と株主が了承する「友好的買収」で、かつ社員や自治体首長が賛成する中、労組が立ちはだかる。
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日本企業の海外企業買収に横やりが入る目下の事例が、日本製鉄による米国鉄鋼大手USスチールの買収だ。2023年12月にUSスチール取締役会が日鉄の買収提案に賛同し、今年4月の臨時株主総会では投票数の98%で賛成が投じられ承認された。経営陣と株主が了承する「友好的買収」ながら、大統領選挙と絡んだ政治問題に発展し、買収完了に至っていない。
USスチール買収は、反トラスト法を執行する司法省と安全保障を対象とする対米外国投資委員会(CFIUS)のニつで、米政府の承認を得る必要がある。現状、米国に高炉一貫製鉄所を持たない日鉄がUSスチール買収で深刻な独占状態を招くことはない。仮に一部の品種で問題が指摘されても是正可能なものだろう。
軍需向け生産なし
安全保障の観点では、国名を冠する社名から意外かもしれないが、USスチールは軍需向けの鋼材を生産していない。さらに販売シェアの低下とともにUSスチールは設備休止で規模を縮小しており、今では米国内で3位の鉄鋼メーカーだ。外国企業に買収され、鋼材供給に不安が生じる状況にはない。米国の同盟国である日本企業の買収となれば、なおさらのはずだ。
事態を複雑にしたのは、日鉄の買収に反対する全米鉄鋼労働組合(USW)だ。USスチールの本社や製鉄所、USW本部はいずれも大統領選激戦州のペンシルベニアにある。USWは「史上最も労組寄り」を自認するバイデン大統領と関係が近く、CFIUSのプロセスは最終的に大統領命令による。
9月初旬には「バイデン大統領が近く買収阻止命令を出す」と『ワシントン・ポスト』で報じられ、日本の経済界から懸念が相次いだ。米国でも日鉄の買収を支持する政治家、USスチール従業員や製鉄所がある自治体首長が声を上げ、結果的に大統領令が出ることはなかった。
この一件で、米国およびペンシルベニア州の中でも日鉄の買収に賛成する人は多いことが示され、USWの肩を持つリスクも浮き彫りになった。USWの支持を受けるハリス副大統…
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週刊エコノミスト
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