週刊エコノミスト Online サンデー毎日
患者激増!マイコプラズマ肺炎から身を守れ!
◇病原性は強くないが、恐ろしい合併症の危険も
耳慣れない病名の「マイコプラズマ肺炎」が大流行している。人間の気管支で増殖して飛沫感染や接触感染で広まる病気で、病原性はさほど強くないとされているが、十分な注意が必要だ。対処法を専門医に聞いた。
◇免疫力が高く健康な人ほど注意
元気な子どもや働き盛りの人が、ある日突然、発熱や咳(せき)などの症状に見舞われ肺炎で入院する事態を招く。このようなマイコプラズマ肺炎の患者数が、過去10年で最も多い状態が続いている。健康な人に肺炎を引き起こす原因菌とはなにか。日本マイコプラズマ学会副理事長の川崎医科大臨床感染症学教室・大石智洋主任教授に話を聞いた。
マイコプラズマ肺炎は、「肺炎マイコプラズマ」(以下マイコプラズマ)という細菌によって引き起こされる。
「マイコプラズマは人間にしか感染しない細菌です。大腸菌と比べて大きさは5分の1程度と小さく、細胞壁のない特殊な細菌といえます。人間の気管支で増殖して飛沫(ひまつ)感染や接触感染で広がりますが、病原性は強くありません。マイコプラズマに感染しても、マイコプラズマ肺炎になる患者さんは1割程度で、多くの場合、発熱やカラ咳(痰(たん)の出ない乾いた咳)を伴う気管支炎で済みます」(大石教授、以下同)
マイコプラズマは、強い毒素を放出して急激に増殖するような細菌ではない。にもかかわらず、感染した人の一部に肺炎を引き起こして命を脅かす。しかも、元気な子どもや大人が発症しやすい。なぜなのか。
「マイコプラズマ肺炎は、感染した人の免疫が過剰に反応しすぎて肺炎を起こすのです。細菌毒性ではなく、細菌に反応する免疫の過剰な働きによる炎症です。そのため、基礎疾患がなくても、健康で元気な人がマイコプラズマ肺炎になるのです」
細菌の数がそれほど増えず、炎症も小さければマイコプラズマ肺炎も軽症で済む。が、風邪と勘違いしてマイコプラズマを放置し増殖させてしまうと、免疫が強く働くことで炎症が一気に広がり、重症の肺炎になる。それがマイコプラズマ肺炎の正体だ。
肺炎予防に早めの治療
マイコプラズマ肺炎は、自分の免疫が働きすぎて肺炎を引き起こすゆえに、合併症にも注意が必要になる。
「ごくまれに、末梢(まっしょう)神経障害のギラン・バレー症候群のような合併症を引き起こします。マイコプラズマの抗原(抗体の攻撃目印)が、神経のたんぱく質の一部と類似しているため、マイコプラズマ肺炎の免疫活性で神経に悪影響を及ぼすことがあるのです」
ギラン・バレー症候群以外にも、マイコプラズマ肺炎の合併症は、脳炎、肝炎、膵(すい)炎、心筋炎、関節炎などいろいろだ。しかも、免疫がしっかりと働く健康な人がマイコプラズマ肺炎になり、合併症で苦しむことになるから注意が必要である。一方、免疫の働きが弱い4歳以下の乳幼児や、65歳以上の高齢者は発症しにくいのも特徴だ。
「元気なお子さんや大人は、〝風邪を引いてもすぐに治る〟と思いがちです。放置して1週間後に調子が悪くて医療機関を受診し、肺炎と診断されて入院するパターンが多い。マイコプラズマは、早い段階におけるマクロライド系の抗菌薬による治療が効果的です。肺炎予防にもつながりますので、早めに診断を受け治療していただきたいと思います」
抗菌薬が効果的といっても安心は禁物だ。大石教授らの研究では、現在流行中のマイコプラズマ(タイプ1)の約6割がマクロライド系薬の耐性菌になっているという。つまり、マクロライド系薬を服用しても死滅しにくいマイコプラズマに変異しているのだ。
「マクロライド系薬以外の抗菌薬の耐性菌は今のところ国内には存在していません。マクロライド系薬を服用して3日経(た)っても症状が良くならないときには、テトラサイクリン系薬やニューキノロン系薬が効きます」
耐性菌は、別の用途での薬の不適切な使用で増える可能性がある。大石教授は、その研究も行っている。
長引くカラ咳がサイン
マイコプラズマ肺炎にも、咽頭の細菌の有無を調べる検査キットがある。しかし、マイコプラズマは気管支で増殖するため、症状があっても必ずしも検査キットで陽性になるとは限らないという。
「マイコプラズマを正確に検査しようとすると、時間もお金もかかります。医療機関の先生方には、流行状況や症状を診断材料にしていただきたいと思います」
今は、インフルエンザが流行の時期を迎え、新型コロナウイルス感染症の患者も依然として増減を繰り返している。インフルやコロナは簡易検査キットが普及しているが、マイコプラズマ肺炎も咳や発熱といった似たような症状なので見極めるのはたいへんだ。そのコツは、インフルやコロナウイルスとマイコプラズマの感染・増殖する場所の違いにあった。
「インフルやコロナは上気道といって、鼻や喉の粘膜で感染して増殖します。鼻水や喉の痛みを伴うのが一般的です。一方、マイコプラズマは気管支の粘膜で感染して増殖し、それを排除する免疫反応で炎症が起こります。そのため、カラ咳が続くのが特徴です」
マイコプラズマのカラ咳は、抗菌薬を服用して発熱が治まった後も続くほどしつこいことがあるという。ただし、喘息(ぜんそく)でも免疫反応によりカラ咳が起こる。喘息の人がマイコプラズマ肺炎になると、症状がひどくなりやすいのでご用心。いずれにしても症状が続くときには、早めの受診を心がけよう。
手洗いとマスクが有効
では、予防はどうすればよいのか。
「日本におけるマイコプラズマ肺炎は4年に1回、オリンピックの年に流行しています。2020年はコロナ自粛とマスク・手洗いといった感染予防の徹底で、マイコプラズマ肺炎も流行しませんでした。今年は(前回流行した)16年から8年ぶりなので大流行していますが、20年のように、感染予防を心がければマイコプラズマ肺炎を防ぐことが可能といえます」
こまめな手洗い、咳の症状があるときにはマスクの着用を心がけるなど、基本的な感染症予防がマイコプラズマにも有効なのだ。
「マイコプラズマの潜伏期間は2週間と長いので、お子さんがマイコプラズマ肺炎を発症し、その2週間後にご両親が発症することがあります。咳の症状があるときにはマスクを着用し、他人に感染を広げないように注意していただきたいと思います」と大石教授はアドバイスする。
(医療ジャーナリスト 安達純子)
あだち・じゅんこ
東京都生まれ。医学ジャーナリスト協会会員。大手企業社員から転身しフリーランスの記者へ。人体の仕組みや病気はいまだに解明されていないことが多いと、最先端研究や医療などについて取材・執筆活動を行っている