富める者が法をも支配する諦めだけの差別国家としての米国 福富満久
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一定の倫理観や法意識を持ったリーダーの登場が期待できなくなった大国の行く末が恐ろしい。
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ドナルド・トランプ氏は前回の大統領選挙でも任期中にメキシコ移民やイスラム教徒たちへの差別的発言をしばしばしてきたが、今回も選挙戦中のテレビ討論会(9月10日)で、中西部オハイオ州スプリングフィールドのハイチ移民が「犬や猫を食べている」と発言し、注目を集めた。地元の警察や市長が否定しても、トランプ氏は「移民がペットを食べる」と言い続けていた。
一国の大統領、それも世界を動かすスーパーパワーの国の代表になろうとする人物が特定の民族グループを侮蔑した人種差別的発言を繰り返して当選するのだから理解が追いつかない部分もあるだろう。だが、結果として米国民が選んだのは地方検事として長らく差別や女性問題に取り組んできたカマラ・ハリス氏ではなく、レイシスト(人種差別)的発言を平気で繰り返すトランプ氏だった。
トッドの人種論
米国の民主主義には、大きな特殊性があると論じているのは歴史・人類学者のエマニュエル・トッドである。彼は、元々は人間の不平等を明白なものとする信仰を抱いていた米国人たちが世界でも真っ先に民主制を導入した謎について、『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』(文藝春秋)で、明確に先住民と黒人がいたからだと論じている。
つまり、彼ら「白人」たちは北部に先住民を追いやり、南部に黒人を隔離できたため、白人という平等な人間たちだけのアメリカンデモクラシーが実現できたのだと言うのである。
実際、1776年の有名なアメリカ独立宣言はすべての人間は生まれながらにして平等である、と宣言しておきながら、先住民のことを「無差別の破壊を戦いの規則とする情け容赦ない野蛮人」と表現していることはあまり知られていない。
米国の黒人に普通選挙権が与えられたのは、それから約200年後の1965年だが、その間、公民権法が公共施設における人種差別や、公立学校における人種分離を禁止し、雇用の平等な保障のための制度を整備するまで、米国では差別がまかり通っていたのである。
だが、その普通選挙法が実現したとされる65年投票権法では、驚くべきことに識字テスト(読み書き能力テスト)が実施され差別されていた。主に合衆国憲法を素材にその一部を読ませることによって、「投票資格」を判定し、黒人から投票権を剥奪する手段として広く利用されていたのである(安藤次男「1965年投票権法とアメリカ大統領政治」立命館国際研究12-3、2000年)。
70年代以降、米国は「アファーマティブ・アクション」と称される積極的差別是正措置によって大学の入学試験の黒人の合格基準を緩くしたり、警察官などの行政機関で黒人採用を増やすなどして黒人が社会に居場所を見つけられることになったが、それは構造的差別が社会に根強かったからこその苦肉の策であった。
近年、民主党は白人エリート層を取り込む一方で、差別で苦しんできた黒人層の票を取り込み大統領選を戦ってきた。オバマ政権もバイデン政権もそうだ…
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週刊エコノミスト
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