㉓噛まない子どもは損をしている 林裕之
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噛まずに済む軟食ばかりの成長期の子どもたちのための「咀嚼不足解消」に真剣に取り組む時だ。
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前号までの3回で、咀嚼(そしゃく)運動には脳を活性化させる作用があること、セロトニンの分泌を促してストレス軽減効果などがあることを解説しました。しかし、軟食化の影響で咀嚼回数が少ない現代人はその恩恵を十分に得ていないことも指摘しました。咀嚼不足は大人に限らず成長期の子どもにも、さまざまな影響を与えることが数多く報告されています。
1995年に発表された『咀嚼の大切さ』(鈴木隆著、岩手医科大学歯学部生理学講座)において、「よく噛(か)める子どもは知能指数が高い傾向があり、咀嚼訓練で記憶力が高くなる」とした論文が紹介されています。知能指数は先天的要因も高く、咀嚼力の影響の程度がはっきりしません。
3グラムのカツオ薫製
そこで記憶力を調べました。同じ給食を食べる幼稚園児を2組に分け、一方(実験群)には給食にカツオの薫製3グラムを加えて咀嚼訓練をし、他方(対照群)は普通のメニューだけを与えました。これを半年間続け、実験前と実験後に測定した咬合(こうごう)力と数唱テスト(記憶力テスト)の点数を比較しました。
その結果、咬合力は平均2.1キログラム増(対照群)→7キログラム増(実験群)。数唱テストは0.6点増(対照群)→1.3点増(実験群)となりました。両群の違いはわずか3グラムのカツオの薫製だけですが、半年間でこれだけの差が生じたのです。およそ30年前の実験ですが、近年ではfMRI(機能的磁気共鳴画像化装置)など先端機器で咀嚼が脳を活性化することは科学的に証明されていますので、成長期の子どもの咀嚼力の重要性が裏付けられます。見方を変えれば、よく噛まない子どもは本来あるはずの能力を十分伸ばせず損をしているといえます。
さらに踏み込んだ結果がありました。「医療技術ニュース」の「成長期に食べ物をよく噛まないと記憶力が低下、咀嚼は認知症予防にも(2017年7月公開)」というタイトルの記事です。
「東京医科歯科大学は17年6月16日、成長期の咀嚼刺激の低下が記憶をつかさどる海馬の神経細胞に変化をもたらし、記憶・学習機能障害を引き起こすことをマウスモデルで示したと発表した」
固形食と粉末食に分けたマウスの比較で、粉末食で育てたマウスの“海馬…
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週刊エコノミスト
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