高度成長期の日本 底辺で生きる孤独を読む=楊逸
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待ちに待った高い秋の空。喜ぶ間もなく「明日は雨模様……」とテレビの天気予報をまた耳にする。本州での台風被害がまだ収まらず、沖縄から大火のニュースが飛び込んでくる。15年前に一度だけ訪れた首里城は黒焦げた廃虚になり、脳裏に往時の思い出だけが鮮明によみがえる。
『待ち針 佐藤洋二郎小説選集一』(佐藤洋二郎著、論創社、2000円)。久しぶりに小説を読む。ベテランの私小説作家のデビュー作品「湿地」(1976年)を含め、97年までの20年もの間に発表された10の短編からなる一冊だ。
地方から上京し司法試験を受け続ける若者。別れた男性の子どもを身ごもったOL。水槽の中で食われてしまうのを待ちながらも「弱い奴(やつ)と思っている者の、開き直った逆襲に勝てる奴はいない」ことを悟った蛸(たこ)……。そんな「くせの強い」キャラクターに次々と出会う一方、脳裏には、若い女と逃げたのち亡くなってしまった父への思いに苦しみながら、夏の眩(まぶ)しい日差しの中で、「海辺の段々畑を耕す」母の姿を…
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週刊エコノミスト
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