経済・企業 米国の底力
コロナで見せた米国の底力、2人の元FRB議長の提案=黒瀬浩一
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国際政治論に覇権安定論という考え方がある。覇権国の政治経済が安定し、国際社会に対してリーダーシップを発揮すれば、世界秩序が安定するという経験則に基づく見立てだ。昨年来の米国は、自国第一主義を自制して覇権国の責務を総じて果たしたと評価してよいだろう。
ただし、初期対応は誤った。新型コロナウイルスの拡散を徹底的に封じ込めた中国に対し、米国では危機意識の欠如からウイルスが全土に拡散した。しかし、その後は挽回した。コロナ禍への対応の難しさは、感染の抑制と経済とのバランスをどう取るかにある。そして、最終的にコロナ禍をどう収束させるか、さらには、コロナ禍収束後の新しい経済社会像をどう描くか、までを国民に示すのが政治の責務だ。米国のバイデン政権は、この全体像を提示した。
元FRB議長2人の提案
経済政策の出発点となったのは、バーナンキ、イエレン両元米連邦準備制度理事会(FRB)議長が連名で、2020年3月18日に英紙『フィナンシャル・タイムズ』に寄稿した提案だ。骨子は以下である。
(1)FRBは既に総額2・6兆ドル(約286兆円)の11の基金を設立した。この金融システム対応は08年のリーマン・ショック時と表面的には同じだ。しかし、コロナ禍の問題の本丸は金融システムではない。生産活動も消費活動も当面は低迷せざるを得ない。
(2)コロナ禍が与える経済への悪影響が長期に残らないようにしなければならない。企業が破綻して雇用関係が失われれば、コロナ禍が収まった後に経済が起動できなくなる。
(3)金融当局と金融機関が協力して、コロナ禍が収まった後にすぐに経済が再起動できるよう信用を供与する。これがFRBの第一の目的だ。
(4)財政政策も重要でFRBは、設立した基金で側面支援する。
ここでの発想は、社会のディスオーガニゼーション回避を第一の目的にしていたと評価できる。この言葉はソ連崩壊後に、ロシア経済が大混乱に陥り、なかなか元の秩序を回復できなかった現実を説明するもので、あえて訳せば「経済社会秩序喪失」だ。1998年の日本の金融危機では、景気後退を深刻化させた主因としても一部で使われた。
米国のディスオーガニゼーションを防止して、経済がコロナ禍後にすぐ再起動できるようにした政策は既に成功したと評価できる。コロナ禍による景気後退は、20年3月から4月までの短期だったが、深いものだった。
だが、この景気後退は過去の例とは大きく異なる。通常の景気後退では3点セット、すなわち企業破綻の増加、失業の増加、資産価格の長期的下落が発生する。しかし、コロナ禍で企業破綻は減少し続けた。失業は発生したが、雇い戻し条件付きの短期的失業が中心だったため、今年に入り急速に回復している(図1)。資産価格は株価、住宅価格、オフィス市況すべて史上最高値を更新し、上昇基調にある。
ワクチン自前生産の強み
米国の危機対応策は、実態として世界の成功事例として機能した。日本でも企業の倒産件数は減少基調にあり、90年ごろのバブル期と並ぶ低水準にある(図2)。
当初コロナ禍は、まず地元の飲食店など個人向けサービス業、次に体力のある国際的な大企業、続いて金融機関の経営問題となり、最後に金融危機にまで至ることが懸念された。ところが、実際は全く逆だった。
FRBの金融政策について、まず株式市場が正しい政策対応であると評価して、景気のV字回復を織り込んだ。米国株価の大底は20年3月23日だった。そして、21年2月にはトヨタ自動車が21年の自動車生産台数が過去最高になる見通しを発表するなど国際的な大企業の業績回復が鮮明となった。…
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週刊エコノミスト
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