経済・企業

円高終焉説への反論 物価と金利が調整する為替相場 名目ドル・円水準は115円が天井か=竹中正治 (龍谷大学経済学部教授)

 現在の1㌦=110円前後のドル・円相場は、1980年代前半のドル高金利時代に起きた250円以上のドル高と、実質的に同レベルの円安・ドル高だ。それを理解するためには市場相場(名目相場)をインフレ率で調整した実質相場指数の概念を理解する必要がある。図は73年以降のドル・円の名目相場と実質相場指数の推移を描いたもの。実質相場指数の水準が80年代前半のドル高時代と同じであることがわかる。

長期では物価が調整

 ある国のインフレ率が高いということは、その通貨1単位で買える商品の数量、つまり購買力の減少度合いが大きいことを意味する。そして、通貨の購買力の長期的な変化は、通貨の交換比率である為替相場にも最終的には反映される。相対的にインフレ率の高い、すなわち購買力の減少度合いが大きい通貨は、インフレ率の低い通貨に対して長期的には下落する。その下落の度合いは二つの通貨のインフレ率の格差に比例する。これが国際金融論で語られる「相対的購買力平価理論」だ。「平価」という用語は、ここでは「理論値」を意味する。例えば、ドル・円の相対的購買力平価はある時点を起点に次の算式で計算される(図では73年が起点)。

ある時点の相対的購買力平価=起点時点の為替相場×日本の物価指数÷米国の物価指数 

物価指数は、任意の起点時点を100として計算する。例えば、起点時点のドル・円相場が1㌦=180円で、10年後の日本の物価指数が変化ゼロで100、米国の物価指数が200、つまり物価が2倍になったとすると、10年後の相対的購買力平価は1㌦=90円となる。もちろん市場の為替相場は、相対的購買力平価からさまざまな要因で乖離するが、長期的には相対的購買力平価が示すトレンドに回帰することが実証的にも確認できる。

 さらに市場相場を分子に、分母に相対的購買力平価を置いて割った値は「実質相場指数」と呼ばれ、通常は100を掛けて表示される。前記例でいうと、10年後の名目相場が1㌦=110円なら実質相場指数は122・22(=100×110/90)となる。

 名目相場が長期的に相対的購買力平価の示すトレンドに沿って変化するならば、実質相場指数はそれ自体の長期的な平均値から乖離と回帰を繰り返すことになる。図に示した通り、現在の1㌦=110円前後の名目相場は実質相場指数では、1㌦=250円を超えた80年代前半以来のドル高圏にある。また、黒の破線で描いた実質相場指数の15年移動平均値から大きく円安・ドル高方向に乖離していることがわかる。これはいずれ移動平均値に向かった調整、つまり円高・ドル安が起こることを示唆している。

 15年移動平均値の上下に走る灰色の破線は、実質相場指数の1標準偏差の変域(平均値からのばらつき)を示している。これは実質相場指数の変化が、乖離率の分布で平均値が最多となる正規分布である場合、約3分の2の確率で指数が収まるレンジを示している。 なお、図の実質相場指数を算出した物価指数には、日本は企業物価指数、米国は生産者物価指数を使用している。これは相対的購買力平価理論は、非貿易財の多い消費者物価指数よりも貿易財の比率が…

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