国際・政治

ポスト・メルケル時代に直面する欧州の難題=渡邊啓貴

ポスト・メルケル 「欧州の女王」を失った欧州 財政や安全保障に課題が山積=渡邊啓貴

 長く欧州を引っ張ってきたメルケル独首相が2021年12月に退任し、ドイツは保守党政権から社会民主党を首班とする中道左派政権に移行した。メルケル氏の時代とは、どんな時代であっただろうか。そして「メルケル後の欧州」はどのようになっていくだろうか。今の段階では「ポスト・メルケル」時代の欧州の行方には不確定要素は多いが、その方向の可能性について探ってみたい。

『ベルリン・ルール』──。ドイツ通のP・レーバー元駐独英国大使が2017年に書いて評判になった本のタイトルだ。「ドイツ流の欧州」が実現していくプロセスが語られている。英国のEU(欧州連合)離脱の淵源(えんげん)はまさに1980年代半ば以後の、ドイツの独走と独仏連帯への反発にあると著者は語っている。メルケル氏が05年11月に首相に就任し、16年にわたってドイツを率いたのは、その傾向が増幅した時期にあたる。

 実質的には旧ドイツの通貨マルクに有利な交換率の下で、欧州共通通貨ユーロを導入することによって、世界一のモノづくりの国であるドイツが輸出を加速化させ、欧州の経済基盤を支配するに至ったことはよく指摘される。その経済力を背景に、メルケル氏は「欧州の女王」として統合を差配し、冷戦以来封印していた政治外交手段をも行使し始めたのである。

 リーマン・ショック(08年)後のユーロ圏の債務危機では、緊縮財政派のドイツは財政危機に瀕(ひん)した南欧諸国の債務帳消しや融資の要求には冷淡だった。反発するギリシャ市民は、メルケル氏の張りぼて人形を燃やして抗議の意を示した。しかし、この危機を収束させたのもメルケル氏だった。財政健全化の厳しい条件をそれらの国に受け入れさせたうえで、多額の融資を認め、銀行統合につながる共通の規律の導入に成功した。

 新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けたEU経済を復興させるため、EUが初めて共同で資金を調達した欧州復興債の起債が20年に実現したのも、オーストリアなど財政支出に厳しい「倹約国」が渋る中でのメルケル氏の英断だった。欧州共通債に反対し続けてきた筆頭がドイツだったが、土壇場でのメルケル氏の翻意によって実現した。

トランプ氏とも渡り合う

 西独から東独にあえて渡った牧師を父に持つメルケル氏の倫理観がその政策に反映していた。15年夏にドイツは100万人もの難民を受け入れ、難民問題に直面した統合に一つの方向性を与えた。「欧州には3億人以上の人々が暮らすというのに、どうして100万人の難民を受け入れることができないのでしょうか」という…

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