経済・企業 2022投資のタネ
脱カネ余り成長企業 ノエビア エムスリー=大川智宏
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脱「カネ余り」 健全財務と設備投資で成長企業を抽出=大川智宏
ノエビア、エムスリー、リクルート
オミクロン変異株の流行で、世界経済が揺れている。特に、足元までのコロナ感染者数の急減が景気回復の原動力とされていた日本株への悪影響は計り知れない。
しかし、この閉塞(へいそく)感であふれる環境下でも、個々の企業に目を向けると、この現状を打破しようとする動きも見え始めている。脱キャッシュリッチ(カネ余り)の流れだ。
2年間の長期にわたり継続するコロナ禍で、企業は将来的に発生しうる有事に備えて財務の質の維持に腐心してきた。結果として、日本企業の自己資本比率は年々上昇を続け、現在は過去最高水準を更新している(図1)
任天堂が4500億円
自己資本は多くの現金性資産を含むため、一般に高い自己資本比率は財務の健全性の高さを表すが、その一方で、手元資金を活用できていないことの裏返しでもある。そして、一向に改善しない経済状況に業を煮やしたのか、自発的にこの凝り固まった資本を融解させて事業の成長を模索し始める企業が出てきた。
キャッシュリッチ企業の代表格である任天堂は、事業投資に消極的であった従来の姿勢を一変させ、ゲーム機関連の成長分野に4500億円を注ぎ込むことを発表している。自己資本が膨れ上がり、期先の不透明感が増す現在、今後もこの事例のような動きは活発化する可能性が高い。
しかし、あくまで「株式投資」の観点で見た場合、脱キャッシュリッチの先にある投資拡大の動きは、本当にプラスの効果を生み出すのだろうか。これについて、定量的に検証したい。
まず、根本的な問題として、脱キャッシュリッチの動きは株価にとって良いことかを考える必要がある。一般論からすれば、前述のように自己資本の増加は良好な財務の状態を意味し、投資対象として魅力的な要素であるはずだ。だが、自己資本比率の増減と株価の関係性には、興味深いデータがある。
東証1部上場銘柄について、前年に自己資本比率を大きく増加させた企業と減少させた企業で銘柄群を分け(母集団内の上位・下位20%、5分位)、それぞれの翌年の株価の平均リターンを算出して差分(増加群−減少群)を取ると、過去10年間のうちで2013〜16年までのアベノミクス好況時のみが、マイナスの値を取ることが分かる(図2)。
つまり、当該期間は自己資本比率を減少させた銘柄群の方が、増加させた銘柄群よりも株価が良好に推移していたことになる。
図2の結果をもう少し掘り下げよう。
企業の活動サイクルで自己資本比率が上昇する背景を考えると、前年に多額の利益を獲得し、そのうちの余剰資金が資産として積み上がることで増加するケースがほとんど。本来は事業が好調な企業の特徴ともいえる傾向である。
しかし、好況時(特に回復初期)や経済の成長期待が著しい環境下では、自己資本の圧縮や負債の有効活用などで資金の効率性を向上させ、将来の利益成長への投資を実行していく企業が株価として評価されやすいことを表す可能性が高い。事業投資やM&A(企業の合併・買収)、株主還元など資金の使途は多岐にわたるが、どんな目的にせよ、景気が回復途上にある中で資金を寝かせておくことは、機会損失の増大として投資家から嫌われやすいということだろう。
逆に、金融危機から欧州債務危機に苦しんでいた12年以前や、政府が景気後退入りを公表した18年前後からは、自己資本比率が増加する企業の方が株価のパフォーマンスがよくなる。これは、単純に構造的な不況下で有事に備えるために資金をプールしておこうとする力学が働くためだろうが、この景気の波に沿った対象的な動きも、この「好況時であれば、脱キャッシュリッチは有効性を持つ」という仮説を裏付けるといえる。無論、この考え方は財務が良好である企業が前提であり、すでに負債が多く自己資本の乏しい企業は対象外だ。
やみくも投資はNG
次いで、自己資本の圧縮先、使い道としての投資の有効性だ。ここでは、最も代表的な事業投資の要素として設備投資に焦点を当ててみたい。
ここで、設備投資のファクターは、「設備投…
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週刊エコノミスト
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