《危ない円安》円の落日「日本売り」が始まった=唐鎌大輔
有料記事
円の落日 低成長、低金利、経常赤字 「日本売り」が始まった=唐鎌大輔
3月に一時125円台まで急騰したドル・円相場(ドル高・円安)の動きは本稿執筆時点では小康を得ているものの、依然高止まりしている。円売りペースは想定よりも性急さを感じるが、方向感や水準については全く違和感がない。日本の政治・経済状況を踏まえる限り、円建て資産に投資する材料は乏しいからだ。
日本だけは「金利抑制」
具体的材料は複数挙げられるが、基本的論点として(1)成長率、(2)金利、(3)需給に照らせば、自明の動きと言える。(1)や(2)は既に方々で論じられている通りである。
過去1年、欧米と日本の成長率格差はかなり著しいものだった。アフターコロナを見据えて行動制限に執着せず、2020年の遅れを取り戻すように21年は潜在成長率(経済の実力)の2〜3倍のペースで走り抜けることができた欧米経済に対し、新規感染者数の水準に拘泥し、何らかの行動規制におびえながら停滞の道を選んできた日本経済では勝負になるはずがない。
(1)の論点は、(2)の論点も関係してくる。当然、旺盛な需要を復元できた欧米経済では、物価や市中金利は上がる。だからこそ、金融政策の正常化に関し、「21年は議論の年、22年は実行の年」といった歩みが実現している。片や、日本は22年に入ってからも早速、まん延防止等重点措置の名の下で経済活動を縛り、成長率を抑制し、それと整合的に金融政策は緩和路線が堅持されている。正常化どころか、長期金利抑制のために無制限の国債買い入れオペ(通称指し値オペ)を通じて金利差拡大を促し、円売りの背中を押したとの評も目立つ。
もっとも、金利以前の問題としてインフレ懸念が世界的に高まる状況で、長期金利を人為的に抑制しようとする行為が世界的にどう見られるか。それ自体が円売りの材料になっていないか。そのような目線も必要な事態かもしれない。
だが、(1)や(2)は流動的な要因で、変わりやすいものでもある。特に、米連邦準備制度理事会(FRB)の正常化プロセス自体にはオーバーキル(景気の引き締め過ぎ)懸念が拭えず、米金利上昇を理由にしたドル買いも先が見えてきている。その意味で、(1)やそれに付随する(2)は短期的な話だ。
断続的な外貨流出
より根深い中長期的な円安要因は(3)だ。円相場が安全資産と呼ばれてきた最大の理由は、多額の経常黒字をコンスタントに稼ぎ、結果として「世界最大の対外純資産国」というステータスを保持してきたからだ。世界最悪の政府債務残高やハイペースで進む少子高齢化、結果としての低成長にもかかわらず、円や日本国債が安定推移してきた背景に「鉄壁の需給環境」があったことは論をまたない。
近年、貿易黒字こそ失うも、それを補って余りある第1次所得収支黒字により、経常黒字は高水準を維持できていた。貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ(図1)。国際収支の発展段階説のいう「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」へ変化したという話だ。
しかし、昨年から今年にかけて経常黒字の変調が指摘され始めている。今年1月には史上2番目の経常赤字(1・1兆円の赤字)が記録され、資源価格の騰勢がやまない限りにおいて、この状況は大きく変わりそうにない。所得収支で稼ぐ以上に貿易収支の赤字が大きくなる。それは「成熟した債権国」から「債権取り崩し国」へ移行するのかどうかという話である。
もちろん「債権取り崩し国」に転落するかどうかは、不透明感が大きい。そもそも貿易赤字の拡大と経常赤字への転落は資源価格高止まりの結果だ。このため、経常赤字が常態化するかは、資源価格を予想するのとほぼ一緒となる。それは筆者も門外漢なのではっきりしたことは言えない。
だが、日本において経常赤字と円売りが結び付けられて議論されること自体が異例なのである。過去にも一時的に経常赤字に転落したことはあったが、今回のように「日本売り」がテーマになることはなかった。
にもかかわらず、今回そうなっているのは、やはり日本という国にまつわる外貨の動きが変化しているからなのではないか。こ…
残り1524文字(全文3224文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める