《ウクライナ戦争で知る歴史・経済・文学》原油支配するドルに挑戦状 重要資源の決済で通貨覇権狙う人民元=柴田明夫
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基軸通貨の戦争 「ペトロダラー」に挑む中国 重要資源の決済で“人民元覇権”狙う=柴田明夫
ロシアのウクライナ侵攻を受け、米国と欧州連合(EU)、日本など同盟諸国は、対露経済制裁を強めている。一方、ロシアは米国の経済制裁の縛りから逃れようとするにとどまらず、中国と手を組む形で一気に「脱ドル化」を進めようとしているようだ。
それは、原油・天然ガス、穀物、肥料原料、鉱物など、いわば両国が握る「クリティカル(重要)資源」を核にした人民元建ての新たな国際通貨システムの模索であり、1973年の第1次石油危機以降、半世紀にわたるペトロダラー体制を根本的に揺るがす。
「ペトロダラーの再循環」体制とは何か。米国の戦略地政学の研究家ウィリアム・R・クラークによれば、国際石油取引上の通貨をドルに一元化することによって国際通貨・金融システムを維持してきた体制を指す。
米国が冷戦後も唯一の覇権国としての地位を維持できているのは、圧倒的な軍事力とそれを支える経済力によるが、それだけではないと指摘。双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)という構造的な不均衡を抱える米国を、長期にわたり圧倒的優位へと押し上げてきたのは、人為的に計画された「ペトロダラー」体制のおかげである。
歴史的には73年のオイルショック後、米英とサウジアラビアが結託して、この体制が構築されたともいわれる。米国は71年に金=ドル交換を停止(ニクソン・ショック)し変動相場制に移行した際、ドルの国際基軸通貨としての地位を維持するために、サウジに対し原油価格の引き上げを認める一方、あらゆる国が必要とする石油(ペトロ)をドルのみで取引する体制を構築してきた。
産油国は多額の石油輸出収入をドルで手に入れ、このドル収入が欧米の金融機関を経て米国へと還流し、構造的な不均衡を抱えた米国経済を支えてきた(図1)。
契機はリーマン・ショック
だが、ここに来て、ペトロダラーの再循環が揺らいでいる。ドル覇権を揺さぶっているのは、中国、そしてロシアである。
中国には、ドル覇権に内在するリスクを痛感した経験がある。2008年に起きたグローバル金融危機「リーマン・ショック」だ。輸出競争力を維持するために中央銀行は大量のドルを購入することで人民元の為替レートを低く維持してきた。しかし、リーマン・ショックは外貨準備としてのドルを蓄積することの潜在的リスクを表面化させた。
一方、ロシアのプーチン政権は、米国から経済制裁を受けた場合にその影響を抑え込むために、国際取引において代替通貨を使用する計画を進めてきた。以来、ロシアの主要エネルギー企業はドルの使用を停止し、ロシア第3位の石油企業ロスネフチは、中国への石油輸出をすべて人民元建てとし、ロシア最大の天然ガス・石油企業ガスプロムは、2019年にすべての輸出契約をドルからユーロに切り替えた。
中国の石油需要は、00年以降ほぼ一貫して拡大を続け、国内生産が頭打ちとなる中、不足分はもっぱら輸入で補った。輸入先もロシア、ベネズエラ、中東(特にイラン)など反米諸国の比率が拡大し、全体の過半を占めている。
「脱ドル化」の流れは、今回のウクライナ危機により一気に加速される公算が大きい。『フォーリン・アフェアーズ』誌(22年第4号)は、現在の動きは、脱ドル化に向けた中露連携にとどまらず、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカから成るBRICSや、かつてのソ連邦からなるユーラシア経済同盟など、多国間フォーラムで「脱ドル化」へのさらなる支持を集めようとしていると指摘する。
足元では、中国の王毅国務委員兼外相は3月19日から4月4日にかけて、中東、アジア、アフリカ諸国など25カ国の首脳や外相との協議を重ねている。そのなかには、インド、イラン、パキスタン、アルジェリア、タジキスタンなど、3月3日の国連総会のロシア非難決議で棄権した国もある。欧米や日本ほど対露非難に傾いていない国が多く、あえて中国が関与しやすい「空白」地帯に踏み込んだ格好だ。
国連総会が4月7日に行った、「ロシアの人権理事会の理事国資格を停止する決議」は、93カ国の賛成多数で採択されたが、中国、イラン、ベトナムなど24カ国が反対に回ったほか、ブラジル、メキシコ、サウジ、エジプトなどが前回の賛成から棄権に回った。ウクライナ危機を契機に、国際社会が中国・ロシ…
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週刊エコノミスト
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