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《防衛産業&安全保障》 安全保障の新しいキーワード、米国の「統合抑止」を理解する=佐藤丙午
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変わる戦争の姿 「打撃力」頼みでは解決不能 米国「統合抑止」の新思想=佐藤丙午
ロシアがウクライナへ軍事侵攻したことは、さまざまな局面において「現代の戦争の形」を顕在化させ、そのことが、米国の防衛政策に地殻変動をもたらしている。第二次世界大戦、さらには冷戦終結以来の変化といってもいい。変化は3点において顕著に表れている。
第一に、ロシア・ウクライナ戦争の中で、米国は再び「民主主義の兵器廠(しょう)」として、ロシアと中国を基軸とする「権威主義的な体制」の脅威に立ち向かう国家の軍事力を支える必要が出てきた。米上院は4月7日、全会一致で「ウクライナ民主主義防衛武器貸与法」を成立させた。専門家からは第二次大戦期の武器貸与法の復活とも指摘されている。
第二に、米国の国家防衛戦略の概要が今年3月に明らかになり、中長期的に中国を抑え込む戦略の採用と、それに伴う同盟協力の重要性が規定された。対中軍事戦略については、すでに「太平洋抑止イニシアチブ」が発表されており、グアムへのイージス・アショア(陸上配備型迎撃ミサイルシステム)の配備や同盟国との演習機会の増加などが規定されている、米国は英豪との安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」を通じて、中露に後塵を拝している極超音速ミサイルの開発でも積極的な同盟協力を進めている。
第三に、防衛産業界の構造変化である。冷戦以降防衛産業の再編が進み、プライム契約者(国など発注元と直接契約する企業)は51から5に減少し、装備生産にも寡占化の兆候が見られるようになった。さらに、国防総省が中小企業に依存する傾向も強まった。技術イノベーションの担い手である、中小のベンチャー企業と防衛産業との協調を図ることが重要になったのである。
つまり、旧来のレガシー・システムの生産と、将来のシステムへの投資のバランスを保つ必要が生まれているのである。レガシー・システムの生産を大規模に拡大すると、国防イノベーションの取り組みに遅れ、国際競争力を落とすという二律背反の懸念が生じている。
「人道問題」の高い壁
実は冷戦終結以降、将来の戦争は情報通信技術を活用した精密攻撃の高度化にある、とされてきた。1990年代の軍事技術革命(RMA)をはじめ、ブッシュ(息子)政権期に提唱された「トランスフォーメーション(変革)」においても、戦闘の合理化と効率化が追求されてきた。
しかし、実際の戦争では、そのような「きれいな」勝利はないことも明らかになった。グローバリゼーションの下、既存の政治イデオロギーが希薄化した世界において、対立は人間的であり、グロテスク(醜悪)なものであった。
多くの研究者は、今回のウクライナ侵攻を指して「第一次世界大戦前に戻ったかのような」と指摘しているが、その兆候はチェチェン紛争(94〜96年、99〜00年)、ジョージア戦争(08年)、クリミア併合(14年)、シリア内戦(11年〜)、イエメン紛争(15年〜)など、数多くの戦争においてすでに出現していた。
その特徴を一言で表すと、土地の支配を巡る非人道的な戦闘といえる。21年の米国のアフガニスタン撤退に象徴…
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週刊エコノミスト
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