超低金利の先に「失われた30年」の出口はなかった=河野龍太郎
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検証 リフレ政策
参院選後、この10年の教訓を生かさなければ、日本経済は失われた40年に突入する。
金融緩和や追加財政の不足が日本の長期停滞の原因ではない=河野龍太郎
円安が進んでいる。グローバル経済の回復で海外金利が上昇しても、日本銀行が長短金利を操作するイールドカーブ・コントロール(YCC)で国内の長期金利をゼロに抑え込むからだ。内外金利差の拡大で円安が進み、それが景気刺激やインフレ醸成をもたらすというメカニズムがYCCにはもともと組み込まれていた。高インフレにさいなまれる先進各国が利上げを続けるのなら、今後も円安傾向が続く。
問題は家計が犠牲になることだ。円安は日本国内で生産される財・サービスが外国人に割安になるため、確かに全体では景気刺激効果を持つ。しかし、家計に多大な負担を強いるから、いつまでも消費回復が鈍い。「家計の値上げ許容度も高まってきている」という日銀の黒田東彦総裁の発言が批判を受けたのも、それが理由だ。
今年4月以降、2%インフレが続くが、資源高や円安による輸入物価上昇が主因で、日銀は自らが求めた物価上昇の姿とは異なると説明する。しかし、日銀が描く持続的な2%インフレも、さほど変わらぬ帰結をもたらすのではないか。
処方しすぎた「痛み止め」
米国では過去30年、下位20%の所得階層の実質賃金は全く改善していない。日本の労働分配率は低下傾向にあり、仮に平均賃金の上昇に成功し、安定的な2%インフレになっても、バラ色の世界が訪れるのは一握りの人だけだ。
金融政策だけでは到達は不可能だったが、グローバルインフレとYCCが組み合わさることで、2%インフレの世界が一時的に訪れた。これを奇貨として、それが本当に私たちが望んでいた世界なのか、問うべきだ。コロナ禍の巣ごもりで、貯蓄がたまり、バッファーが存在したから、今回は、この程度のダメージで済んだことも付け加えておくべきだろう。
さて、金融緩和やそれがもたらす円安は、いわば痛み止めだが、こともあろうに世論は、円安を生かすための方策を問い始めた。そのようなことに政策資源を割くべきではない。痛み止めを処方しすぎて、副作用が大きくなり始めただけである。
日銀は、景気循環を超え超金融緩和を続けてきた。本来、企業業績が改善すれば、企業の資金需要が増え、金利が上昇し家計の利子収入が増える。金利上昇は円高をもたらし、家計は安価な輸入品の購入が可能となる。景気拡大局面でも超金融緩和を続けるから、利子収入が抑えられ、円安で家計の実質購買力が損なわれているのである。
景気悪化局面で「円高」も
輸出が増えれば、雇用者所得が増え家計に恩恵が及ぶといわれて久しい。しかし、海外生産比率が増え、2010年代前半以降は、円安でも輸出が増えない経済構造になった。円安で製造業の海外での利益は膨らむが、企業は利益をため込む一方、無形資産投資も有形資産投資も賃金も増やしてこなかったのは周知の事実だ。
一方、長期国債を日銀がゼロ金利で買い上げるから、政治家は財政コストをゼロと誤認し、大盤振る舞いの追加財政を繰り返す。超低金利政策の固定化は、所得分配だけでなく資源配分もゆがめ、ゼロ金利や超円安、そして追加財政なしでは、利益を上げることができない企業を増やした。だから、実質賃金も上がらないし(図1)、生産性も向上しないため潜在成長率も低迷を続ける(図2)。
拙著『成長の臨界 「飽和資本主義」はどこへ向かうのか』(慶応義塾大学出版会)では、異次元緩和の最大の弊害が、財政規律の弛緩(しかん)であることを明らかにしている。ただ、長期金利の急上昇は、財政の持続可能性を損ない、金融市場の混乱とマクロ経済、物価の不安定化をもたらす。日銀が公的債務管理に事実上、組み込まれたことを前提に、長期金利の大幅変動を避けつつ、多少の変動を可能にし、財政規律を復活さ…
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週刊エコノミスト
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