教養・歴史

パリの寅さん 山田洋次監督×鈴木仁パリ日本文化会館長

パリでブームの「寅さん」に学ぶ家族・地域・社会の役割

 芸術と文化の都・パリに“フーテンの寅さん”が「上陸」し、パリ市民を笑いあり涙ありの世界に誘っている。ブームの火付け役はパリ日本文化会館で開催中の「男はつらいよ」全50作の上映(「UN AN AVEC TORA SAN」)だ。山田洋次監督と鈴木仁館長が対談し、コロナ禍や貧困、テロや戦争などの社会課題に対し、寅さんから学べることを語り合った。(司会=秋本裕子・本誌編集長、構成=荒木涼子・編集部)

── パリで「男はつらいよ」が非常に高い称賛を得ているそうですね。どれぐらい盛り上がっているのですか。

鈴木 全50作品をパリ市内にあるパリ日本文化会館で上映しています。期間は昨年末から「寅(とら)年」の今年を経て来春までです。ご本人を前にして言うのも何ですが、実は「山田監督と寅さん」はフランスでは、それほど紹介されていませんでした。寅さんというと、独特のセリフ回しや下町特有の雰囲気があります。フランス人にどこまで受け入れられるだろうと不安もありました。

 それがです。上映が始まると、やはり日本人と同じシーンで笑い、涙を流します。例えば京マチ子さんがマドンナ役で出演された「寅次郎純情詩集」(1976年)では、最後にヒロインが亡くなってしまいます。最後のシーンで、フランスでもやはり観客は涙を流している。彼らは感情表現が豊かです。「オララァ!」と思わず声が出ることもあります。正直、ここまで受け入れられるのは想像以上でした。根本的には「良いものはどこでも受け入れられる」ということだと思います。

山田 今回の話に僕は驚いているんです。クロード・ルブランさんという現地のジャーナリスト(2021年11月に『山田洋次が見た日本』を仏で出版=未翻訳)から聞いてはいました。彼は「寅さんのユーモア、笑いは日本人にしか分からないと思っているのは、日本人だけ」と強調されていて。確かにその通りなんですね。僕たちが、フランス映画を見て美しいと感じたり、ゲラゲラと笑ったりするのと同じように、フランス人も日本の映画を見て、笑ったり泣いたりすると考える方が自然ですね。

 例えば小津安二郎監督の世界は日本人にしか理解できないと、長い間日本人は思っていましたが実はフランスでも高く評価されていて、今や世界映画史のトップクラスの作品になっている。僕たち日本人は自分たちの感性に自信がないというか、妙なコンプレックスを持っていたのかもしれません。

── 寅さんの醍醐味(だいごみ)の一つが言い回しや独特の表情です。フランス人に伝わるようにするには字幕も工夫したのでは。

鈴木 正確に訳すというのは難しいというか、もう不可能です。

山田 だじゃれも難しいですよね。

鈴木 もうそこは、割り切ってやらせてもらいました。ただ、やはり主人公の寅さんを演じる渥美清さんの演技を見て笑ってくれる。優れた芸は誰が見ても分かるんだと改めて感じています。

 フランス人の観客に感想を聞くと「我々が知っている現代の日本とは違うけど、懐かしく感じる」と話していました。もちろんフランスの風景とも違います。やはり今、新型コロナウイルス感染症の影響でリモートでの勤務や会議が普通になり、便利である一方、人と人とのぬくもりが薄れがちになっている。そういうものへの渇求(かっきゅう)があるのではないかと思います。

面倒くさい人間関係

山田 僕はたくさんの映画を作ってきましたが、その中でも、寅さんシリーズは異質だと思うんです。僕はこの映画に登場する人物たち、演じる役者の方々を、家族のように知っています。性格も、好みも、何もかも分かった上で、その人たちのためのセリフを書くわけです。それに乗っかるようにして俳優さんがセリフを言い、芝居をしてくれる。

 そうすると、他の映画にはない人間の存在感のようなものが飛び出してくるんです。実在の人間をドキュメンタリーのように映しても、そうはいかない。あるストーリーに従って、皆が定められたセリフで芝居をする中で、「こういう人間がいるんだ」という確認ができる。

 そして、それは日本人に限らず普遍的です。だからフランス映画を見た時に感じる喜びにも、「人間ってそうなんだ」と思わせてくれる喜びがあります。そして芝居のうまい下手といった技術的なことではなく、「俺はこういう人間なんだ」と役者も自分で確認して演じてくれているからこそ、そう感じることができると思います。

── 一方で、映画の世界は現代の日本と離れてしまいました。失われたものをどう感じますか。

山田 そうなんです。地域社会が崩壊して…

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週刊エコノミスト

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