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米共和党を宗教的政党にした「キリスト教ナショナリズム」の目標とは?=中岡望
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米共和党は、保守政党ではなく宗教的政党に変わってしまった。
米国の最高裁と選挙を支配する福音派=中岡望
米国を揺さぶった妊娠中絶禁止の最高裁判決(6月24日)の背景には、「エバンジェリカル」と呼ばれるキリスト教福音派の存在がある。プロテスタントの原理主義者であるエバンジェリカルは、米国の保守派、共和党、そしてトランプ元大統領の支持基盤であり、政治家を通じて米国社会に影響力を及ぼしている。実際、中絶禁止の判決はトランプ氏が任命した最高裁判事の影響力が大きかったことは、本誌7月12日号に掲載した筆者の記事で伝えた。11月に迫る米中間選挙もエバンジェリカルの影響力は無視できないだろう。
米国を「キリスト教国家」にするために政治権力の掌握を目指す動きを「キリスト教ナショナリズム」といい、これが米国の民主主義を空洞化させつつある。
宗教運動でなく政治運動
エバンジェリカルの多くは米国で最大の宗派である南部バプテスト連盟の影響下にある。彼らは、幼児洗礼を否定し、人生の苦しみを経験した後にキリスト教に目覚めてから洗礼を受けることを主張している。そこから別名“ボーン・アゲイン・クリスチャン(生まれ変わったキリスト教徒)”と呼ばれている。
聖書は神の言葉であり、聖書の言葉に従って生活することが正しい生き方だとエバンジェリカルは信じている。旧約聖書には神が人間を創造(天地創造説)したと書かれていることから、人間は最初から人間であると主張し、現在でも自然淘汰(とうた)による進化論を否定している。彼らはすべての法律は旧約聖書、特に十戒に依拠すべきだと主張する。連邦政府はキリスト教倫理を守るために積極的に行動すべきであるとも主張する。
キリスト教ナショナリズムは宗教運動ではなく政治運動である。その目標は、白人至上主義者や人種差別論者、極右にも共有されている。彼らはキリスト教理念を復活させるためには暴力をも辞さないと主張する。それが露骨に表れたのが2021年1月の議事堂への乱入事件である。暴徒たちは十字架を担ぎ、革表紙の聖書を胸に抱え、イエスを礼賛した。
心理学者のパメラ・クーパーホワイトは自著『キリスト教ナショナリズムの心理学』の中で、キリスト教ナショナリズム運動には六つの目的があると指摘している。すなわち、連邦政府は、(1)米国を「キリスト教国」であると宣言すること、(2)キリスト教価値観を擁護すること、(3)政教分離の強制を中止すること、(4)公共の場に宗教的シンボルを設置することを認めること、(5)米国の成功は神の計画によって実現したと考えること、(6)公立学校での礼拝を認めること──を主張する。
時代錯誤的な主張であるが、米国人の52%がこの主張を支持するという調査結果もあり、キリスト教ナショナリズムは具体的な成果を上げつつある。
最大の成果は6月の最高裁判決で1973年の最高裁の女性の中絶権を認めたロー対ウェイド判決が覆されたことだ。エバンジェリカルにとって大きな勝利であった。幾つかの州では、中絶を全面禁止する法律が成立している。
この運動が目指す次の標的は、同性婚を認め…
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週刊エコノミスト
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