国際・政治

コロナ危機下の途上国支援にSDRを活用しよう 桜内文城

経済危機に陥り、混乱するスリランカの最大都市コロンボ Bloomberg
経済危機に陥り、混乱するスリランカの最大都市コロンボ Bloomberg

 危機からの回復が遅れ、経済が低迷する低・中所得国の支援に国際的な外貨準備資産・SDRの活用が注目されている。

「一帯一路」の中国を交渉のテーブルにつかせる国際圧力も必要

 気候変動を要因とする自然災害が世界中で多発している。加えて、2020年に新型コロナのパンデミック(大流行)で、同年の世界経済の成長率は、1930年代の世界恐慌以来、平時で最悪のマイナス3.1%(国際通貨基金〈IMF〉世界経済見通し)にまで落ち込んだ。先進各国は経済対策として大規模な財政出動と金融緩和を実施した結果、翌21年に世界経済の成長率はプラス6.1%まで急回復したものの、今後、低・中所得国を中心に長期的な経済的苦境が続く可能性が高い。

6500億ドル相当の配分

 そこで、ワクチン購入や経済再建に充てる外貨準備を含め、低・中所得国の国際的な流動性(外貨準備)を増強すべきとの国際的なコンセンサスが醸成された。その結果、21年8月にIMFから総額6500億ドル(当時の1ドル=110円のレートで約71.5兆円)相当の特別引き出し権(SDR)が全ての加盟国に出資比率に応じて新規に配分された。これは現在までに発行されたSDRの約7割に達する過去最大の配分である。SDRを知るには、その誕生に至る経緯を理解する必要がある。

 SDRとは、1969年にIMFが創設した合成通貨で、国際的な外貨準備資産とされている。

 SDR創設当時のブレトンウッズ体制の下では、基軸通貨ドルと金との交換比率が固定された金・ドル本位制が採用されていた。当時、世界中で唯一、米国の通貨当局のみが国際的な外貨準備資産としてのドルを供給することができたが、それは米国の巨額な国際収支赤字を通じてのみ、実現可能だった。

 実際、当時の米国では民間部門の経常収支黒字は続いていたものの、それを上回る対外直接投資などの資本収支、そして政府部門の軍事支出などの赤字によって国際収支は巨額の赤字に陥っていた。

 固定為替相場制の下では、米国にとっての国際収支赤字はドル自体の準備資産である金の海外流出を意味する。そして、通貨当局が保有する金の総量が減少すれば、それに応じて交換比率が固定されたドルの発行量も制限されなければならない。

 しかし、現実にはその制限を大幅に超過した国際収支赤字が生じたため、基軸通貨ドルに対する信認が失われた。国際社会は、「特定国の法定通貨を基軸通貨として金の価値と固定する金為替本位制の下では、基軸通貨の流動性向上とその信認の維持は両立できない」とする「トリフィンのジレンマ」に直面したのである。

 そこで、ドルに代わる国際的な外貨準備資産としてSDRが誕生した。

 しかし、米国の通貨当局はドルの基軸通貨としての地位を守るため、71年のニクソン・ショックにより金とドルの関係を断ち切り、さらに73年には変動為替相場制に移行することで、国際金融のルール自体を変更した。管理通貨制度の下では、米国の国際収支赤字は金の海外流出ではなく、むしろ基軸通貨ドル建ての資本流入を意味する。理論上、無限にドルを発行できる米国の通貨当局にとって、国際収支赤字によるドル建ての資本流入は、歓迎すべきものに逆転した。

深刻なドル不足

 その結果、21世紀初頭に至るまでSDRがドルに代わる国際的な外貨準備資産として活用される場面はほとんどなかった。リーマン・ショックで発生した09年の世界金融危機に対応するための一般及び特別配分より以前の累積発行額もわずか214億SDR。日本円にして3兆円にも満たない規模に過ぎなかった。

 風向きが一変したのは、08~09年に起きた世界金融危機である。当時、米国の巨額な経常収支赤字を通じてドル建てで流入していた資本が、サブプライムローン(低所得者向け住宅融資)の証券化商品などに向かっていたが、信用リスクの顕在化で、市場は大暴落。投資家は証券化商品の売却を急いだが、市場での流動性はすでに失われていた。特にサブプライムローンの証券化商品などへの投資規模が大きかった欧州系銀行を中心に米ドルの流動性不足が顕在化した。

 これに対して、各国の中央銀行間で米ドルを融通し合うスワップ協定のネットワークが形成された。そして、SDR創設後40年の時を経て米ドルに代わる国際的な流動性供給手段として2500億ドル相当のSDRの配分がIMFによって実行されたのである。

 21年8月に実行されたSDRの配分は、そのとき以来となる。新型コロナの世界的パンデミックに伴う世界経済の大幅な収縮に対して、再びIMFを通じた緊急かつ大規模な流動性(外貨準備資産)を供…

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週刊エコノミスト

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