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経済・企業 インフレ時代の投資術 

投資するなら日銭を稼げる地味な企業だ 澤上篤人

価格が上がるのはガソリンだけではない Bloomberg
価格が上がるのはガソリンだけではない Bloomberg

インフレは止まらない 株や債券は暴落する

 1973年、第1次石油危機が起きてインフレが世界中で吹き荒れ、米国の長期金利は79~85年の約6年間、ほぼ一貫して10%を超える水準になった。81年には一時15.84%に達したこともあった。その頃のインフレや高金利を現役世代の多くは経験していない。今、再び直面するインフレを軽くとらえる人が多いのは、そのせいかもしれない。>>特集「インフレ時代の投資術」はこちら

 なぜ今、インフレ懸念が世界的に高まっているのか。もちろんロシアがウクライナに侵攻したことが直接的な引き金となって、石油、天然ガス、非鉄金属、肥料、穀物などの価格が一斉に暴騰したという側面はある。だが、侵攻開始の2月24日より前から米欧ではインフレ率が上がっていた。

 最大の理由は世界経済の拡大発展、そして日本の高度経済成長をもたらした戦後の自由貿易体制が、逆流を始めたことだ。行き詰まったという程度ではない。実際、米国のトランプ前大統領は「アメリカ・ファースト」を連呼し、米中貿易戦争をしかけた。半導体や電子機器などの供給網が乱れ、価格を押し上げたのは知られている通りだ。

 トランプ氏のような政治家は米国以外の国でも台頭している。イタリア、中国、ハンガリー、ブラジル、ポーランド、ロシアなどの国民が自国第一主義の政治家を熱狂的に支持してきた背景を考えるべきだ。つまり、先進国でも中進国でも、自由貿易体制の恩恵から取り残された人々の所得が低下し、生活が苦しくなり、自然と過激な政治家になびいてしまう。世界各地で賃上げを求める声が高まり、収まる気配はない。

賃上げ要求が激化

 発展途上国でも、先進国企業が安い労働力を求めて工場を建てるなど投資をしてきたが、利益がそれらの国に十分還元されていない。世界銀行は「途上国の1人当たりの所得水準が中程度に達すると、成長率が低下か低迷するという現象がある」として、これを「中進国のわな」と名付けた。

 先進国企業の株価は上がったが、所得格差は拡大し、取り残された大多数の人々は自由貿易体制に反感を持つようになった。世界中で賃上げ要求が激しくなっている。企業は人件費の増加を販売価格に転嫁せざるを得ず、インフレを勢いづかせている。

 二つ目の理由は、地球温暖化とエネルギーを巡る相反関係だ。人はエネルギーがないと生きていけないが、化石燃料の使用を増やせば異常気候によって生活の基盤を失ってしまう。ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮した投資)の機運が高まる中、機関投資家は石炭や石油といった化石燃料に関連する企業への投資を手控えるようになった。その結果、エネルギー開発企業は油田の新規開発などを抑えてしまう。それらのことが重なってエネルギーの供給量が不足するようになり、石油やそれと連動する天然ガスの価格を押し上げたのだ。

 三つ目は、世界の金融市場にあふれるマネーがここにきて、インフレに油を注いでいることだ。あふれるマネー、つまり過剰流動性は中央銀行が経済活動を下支えしようと大量に資金供給することで生じる。その動きが本格化したのは70年代の石油危機だった。2回目は2000年1月1日にコンピューターが誤作動するのではないかという「2000年問題」への懸念から、予備的なマネー供給をしたことだ。3回目は01年9月11日の米同時多発テロ、4回目は08年9月に米投資銀行大手のリーマン・ブラザーズが経営破綻した金融危機、5回目は20年春、新型コロナウイルスの感染が世界に広がって、経済活動が大打撃を受けたことだった。

 マネーを大量供給し続ければ、株式市場や不動産市場は沸騰して経済活動は盛り上がる。ただ、行き過ぎれば金融マーケットを中心とした投機が過熱し、1980年代後半の日本のようなバブル経済を招いてしまう。世界中のまともな金融当局者は「過剰流動性は危険だ」という認識を持ち、3回目まではマネー供給の蛇口を閉めた。ところが4回目のリーマン・ショック以降は、過剰流動性は危険だとする認識自体が極端に薄くなってしまった。そのままずっと超低金利を維持してマネーを湯水のごとく供給し、金融を膨れ上がらせた。

機関投資家の変質

 なぜそんなことが起きたのか。米国では金融業界が最強・最大のロビー団体となり、政治に強い影響力を及ぼすようになった。米国内のインフレが高まってきた昨年夏までは、「株価を上げろ」とひたすら言っていた政治家が多かった。

 米金融業界の力を示す端的な例がある。80年代、貯蓄貸付組合(S&L)という貯蓄専門金融機関がリスクの高い融資を野放図に拡大した結果、約1000機関が経営破綻するという「S&L危機」が起きた。米UPIの記事によれば、米司法省は88年以降、違法行為をした疑いでS&Lの幹部ら関係者1100人を逮捕したという。そのうち905人を訴追し、582人が実刑判決を受けた。ところが2008年に発生したリーマン・ショックの後、証券化商品などで荒稼ぎしてきた投資銀行をはじめとする金融大手の幹部は誰一人として逮捕されていない。ちなみに当時のポールソン米財務長官は、06年まで米投資銀行大手ゴールドマン・サックスの経営トップを務めていた。

 投資運用の現場も変わった。かつては資本家や個人銀行家が自己資金を主体に運用していたから、おのずと自制が利いた。ところが、1980年代からは顧客の資金を動かす機関投資家の運用者たちが主役におどり出てきた。しょせんは人のカネであり、短期の運用成績で評価されることもあって、バランス感覚そっちのけでリスクの高い投資を行…

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