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ロシア軍の原発占拠はお得意の「膠着状態の常態化」 小林祐喜
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ロシアが占拠中のウクライナ・ザポリージャ原発の規模や地理的特異性や、誰によるものか不明の爆発などの現状からは、「核の脅威」を熟知した原子力大国の思惑が透ける。
緊迫化するザポリージャ原発をめぐる情勢
ウクライナ南東部に位置し、欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所をめぐる情勢が緊迫している。ロシアが軍事侵攻後3月から占拠し、8月以降には軍事拠点化も進めた。ウクライナ南東部の地域奪還を目指すウクライナ軍に対し、ロシアは同原発を「核の盾」とする姿勢を強めている。
11月19~20日には原発周辺で再び爆発も起き、ロシアとウクライナ双方がそれぞれ相手の砲撃が原因などとして互いを非難した。国際原子力機関(IAEA)によると11月25日現在では放射能漏れは観測されていないが、今後、大規模な放射性物質の放出などの事故の発生が懸念される。同原発の施設や地理的特徴を踏まえると戦況膠着(こうちゃく)の常態化というロシアの思惑が透けて見える。
世界最大級かつ穀倉
ザポリージャ原発は原子炉6基(図1の写真中央の丸型の屋根)が集中する。日本では東京電力柏崎刈羽原発(7基)など、原子炉の集中立地は珍しくないが、欧州では少ない。ザポリージャ原発では安全確保を目的に9月11日、唯一運転中だった6号機が停止され、全号機が運転を休止した。しかし休止後も核燃料は膨大な熱を出すため、原子炉の冷却は必要だ。
同原発の原子炉は旧ソ連時代に開発されたロシア型加圧水型原子炉(VVER)。炉中で、核燃料の熱により発生した高温高圧の水を蒸気発生器に送り、発生した蒸気でタービンを回すことで発電する。6基で総出力600万キロワットを発電でき、欧州最大だ。世界では柏崎刈羽原発(総出力約821万2000キロワット)などに次ぐ3番目の発電能力で、ウクライナの電力供給の約20%を賄う。原子炉冷却のための水源は、ドニエプル川のカホフカ貯水池だ(図1)。
ドニエプル川はロシア北部に源流があり、ベラルーシを通ってウクライナを縦断。首都キーウ、ザポリージャを経て最後は南部ヘルソン州から黒海に注ぐ。総延長約2290キロメートルの大河で、流域には、肥沃(ひよく)な黒土地帯が広がり、同国中部や南部は、ロシア帝政時代から「欧州の穀倉」と呼ばれてきた。世界5位の輸出を誇る小麦をはじめ、農業はウクライナの主要産業で、国家統計局の2019、20年のデータによると、穀物は同国の輸出額(約492億ドル)の19%を占める。
この事実が、同原発の「核の盾」としての価値を高める皮肉な側面となっている。放射性物質の周辺への大規模な放出が起これば、世界の食糧安全保障への影響は計り知れない(図2)。
そのような惨事には、どのような原因で至るのか。まず、電源の喪失がある。8月以降、外部への送電網や原発構内の変電所に砲撃があり、構内の電源が喪失、非常用のディーゼル発電機による冷却を余儀なくされる事態が相次ぐ。ディーゼル燃料の不足などで、非常用発電機も機能不全となれば、原子炉を冷却できなくなる。
すると核燃料自身の発熱で核燃料が溶ける「メルトダウン」が始まり、原…
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週刊エコノミスト
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