週刊エコノミスト Onlineエコノミスト賞受賞者が考える 日本経済の処方箋

労働者の意思を反映した日本型雇用システム確立を 玄田有史

 本誌が2023年4月に創刊100周年を迎えるのを記念して、エコノミスト賞受賞者が考える「日本経済の処方箋」を今週号からスタートします。

日本経済の処方箋/1 長期低迷が続く日本企業の構造改革を阻害するあしき慣習とされる雇用体系だが、安易に捨て去るべきではないと主張する。

 経済学の教科書には、雇用や賃金は労働市場全体の需要と供給が均衡するように決定すると書かれている。しかし、日本の労働は『週刊エコノミスト』の創刊から100年を通じて、それとは異なる「内部化」の歴史を歩み続けてきた。

 内部化とは、労働者の処遇や評価が、主に企業内部の仕組みや考え方によって決定することを意味する。日本で働いていると当たり前に感じるかもしれないが、教育機関から与えられる資格や企業を超えた産業や職業に関する団体が強い影響力を持つ国からすれば、働くほぼすべてを個々の企業内の労使で決定する日本の雇用システムは、特異に映るだろう。

 日露戦争後、1920年代には日本の重化学工業の発展が本格化し、熟練労働者も奪い合いが激化した。それに企業が対応するための囲い込みに端を発し、太平洋戦争後の解雇反対や定期昇給を求めた闘争、ブルーカラーの待遇改善を求めた労働運動、そして経営計画と一体化した人事管理の整備など、長い年月をかけて内部化は日本で確立してきた(詳細は、青木宏之『日本の経営・労働システム』(2022年)などを参照)。

大量失業を回避

 進展した内部化の結果、度重なる経済危機に直面しても大量失業は極力回避され、かつ長期にわたる職場訓練などを通じて賃金も安定的に増加するといった、労働者にとってのメリットは少なくなかった。一方で、内部化が会社主導で進められてきたことで、働きすぎや働き方の画一化、性別役割分業の固定化などの批判をたえず受け続けてきた。さらに時代によって対象や名称こそ変わったが、日雇い・臨時工、出稼ぎ、内職、主婦パート、外国人・日系人、学生アルバイト、派遣社員、氷河期世代、非正規社員など、内部化から排除された人々に対する社会的冷遇は、100年を通じ日本の労働の負の歴史であり続けている。

 日本的雇用システムと呼ばれた内部化の仕組みは、経済が隆盛を極めた80年代末から90年代初めには、経済成長面では最も先進的なシステムとして世界的称賛を受けた。それもバブル経済が崩壊し、長期不況やデフレが続くと評価は急降下し、今や必要な変化を阻害するあしき慣習として、見直しの議論が終わらない。

 90年代以降、高度専門能力、成果主義賃金、労働市場の流動化、働き方の多様化など、ポスト内部化を見据えた提案が定期的に繰り返されてきた。今話題の雇用のメンバーシップ型からジョブ型への転換なども、それと同じ流れのなかにある。

 しかしながら一部では変容が生じつつあるものの、内部化は全体として今も盤石であるように見える。10年代半ば以降、非正規割合の上昇も頭打ちになり、人手不足への対応もあってか、正規雇用者数はコロナ感染中ですら右肩上がりの増加を続けている。経済成長やデフレ克服を重視するエコノミストの間では労働市場のさらなる流動…

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