賃上げが成長につながれば結果的に生産性は向上する 斎藤太郎
「インフレを上回る賃上げ」はすぐには困難だが、1人当たりGDPの増加を通じて、経済成長に転じる好機だ。
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物価高や新型コロナウイルスの感染拡大という逆風を受けながらも、個人消費が底堅い動きを続けている背景には、コロナ禍の行動制限によってもたらされた高水準の家計貯蓄率がある。しかし、経済の正常化が進めば、家計の過剰貯蓄はいずれ消失する。貯蓄率が平常時の水準に戻った後は、賃金を中心とした可処分所得の動向が個人消費を大きく左右する。賃上げの重要性は今後一段と高まることになるだろう。
岸田文雄首相は、2023年春闘でインフレ率を上回る賃上げの実現を経済界に要請し、連合も賃上げ要求を5%程度としている。大幅な賃上げを表明する企業も相次いでおり、ここにきて賃上げの機運は大きく高まっているが、過度の期待は禁物だ。
悲観は不要
春闘で妥結する賃上げ率は、賃金総額の約4分の3を占める基本給に反映され、企業にとっては固定費となる。このため、企業は賃金を単年で一気に引き上げることをちゅうちょする傾向がある。実際、1980年以降の春闘賃上げ率の実績を見ると、賃上げ率が前年に比べて最も大きく改善したのは、80年の6.74%から81年に7.68%へ0.94%改善した時で、1%以上改善したことはない(図1)。
22年のベースアップ(定期昇給部分を除く賃上げ)は0.5%程度で、足元の消費者物価上昇率4%を大きく下回る。筆者は、23年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)を1.9%、春闘賃上げ率を2.75%(ベースアップでは1%程度)と予想している。岸田首相が要請しているように、賃上げ率がインフレ率を上回る状態を23年に実現することは極めて困難と考えられるが、このことを悲観する必要はない。
足元の物価上昇は、原油などの資源価格の高騰や円安の急進に伴う輸入物価の急上昇という一時的な要因によるところが大きい。下方硬直性が高く安定的な動きをする賃金の伸びがこれを一気に上回ることは現実的ではない。
一方、中長期的には、ベースアップが物価上昇率を上回ることを目指すべきである。名目賃金の伸びから物価上昇分を差し引いた実質賃金の伸びが、実質個人消費の増加を通じて経済成長につながるからだ。物価安定の目標が2%であることを前提とすれば、ベースアップが2%を上回る水準となることがひとつの目安と考えられる。
賃金上昇のためには、労働生産性の向上が不可欠とされる。労働生産性=付加価値÷労働投入量(労働者数×労働時間)で表される。したがって、生産性を高めるためには、分子の付加価値を増やす、分母の労働投入量を減らす、という二つの方法がある。日本ではどちらかというと、労働投入量を減らすことにより生産性の向上を図るというイメージが強く、実際に労働時間の減少が生産性の上昇に大きく寄与してき…
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週刊エコノミスト
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