投資・運用

低PBR銘柄がアツい!――大日本印刷、カナデン、シチズン(編集部)

日本株を見る投資家の目も変わりつつある Bloomberg
日本株を見る投資家の目も変わりつつある Bloomberg

「PBR1.0倍超の早期実現を目指す」──。

 大日本印刷が2月9日に発表した「経営の基本方針」の記載が市場関係者を驚かせた。同社の昨年末時点のPBR(株価純資産倍率)は0.64倍と、1倍を下回る典型的な“割安銘柄”。しかし、アクティビスト(物言う株主)の米エリオット・マネジメントが1月下旬に大日本印刷株を取得したと報じられると、株主還元の増加への期待から株価が急騰していた。

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「経営の基本方針」の発表を受けた翌10日も、株価は前日比14%上昇。そして、間を置かず3月9日には同社で過去最大となる1000億円(発行済み株式の15.05%)が上限の自社株買いを実施すると発表した。同じ日に公表した3カ年の中期経営計画(2023~25年度)では計3000億円の自社株買いも打ち出し、株価は一時、06年5月以来16年10カ月ぶりの高値を付けた(図1)。

 大日本印刷だけではない。株主還元強化に走る低PBR銘柄は足元で相次いでいる。昨年末のPBR0.62倍の商社カナデンが2月28日、28億円あまり(発行済み株式の9.65%)を上限とする自社株買いを発表すると、翌3月1日の株価は前日比10%上昇。同じくPBR0.71倍のシチズン時計も2月13日、400億円(発行済み株式の25.61%)を上限とする自社株買い実施を発表し、翌14日の株価は16%上昇した。

過去最高の株主還元

 PBRは株価を1株当たり純資産で割って計算する。PBRが1倍割れなら理論上、会社が解散した場合の価値が株価を上回っていることになり、株価が「割安」であることを示している。株価が割安なままなのにはいくつか理由がある。企業の資本コスト(資金調達に伴う費用)より収益性が低かったり、投資家に成長性が評価されなかったりする場合だ。

 低PBRは日本株を象徴する指標でもある。米国株のPBRと比較すると一目瞭然で、米S&P500株価指数のPBRは右肩上がりで上昇し、足元で4倍前後で推移するのに対し、TOPIXは長く1~1.5倍前後にとどまる(図2)。上昇しない日本の株価は個人投資家の日本株離れも招いていたが、ここに来て風向きが大きく変わりつつある。きっかけとなったのは昨年4月の東証再編と、今年1月末の有識者会議だ。

 東証が「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編し、上場企業に厳しい上場維持基準を課して持続的な成長、企業価値の向上を求めた。決定打となったのは東証の有識者会議「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の論点整理で、「継続的にPBRが1倍を割っている会社に対しては、改善に向けた方針や具体的な取り組みなどの開示を求めていくべき」などと強い表現が盛り込まれたことだ。

 PBRを引き上げる方法は、分子の株価を上げるか分母の株主資本(純資産)を減らすかだ。株価を上げるのは簡単ではないが、株主資本を減らす株主還元(増配や自社株買い)によってもPBRを引き上げられる。日本の上場企業は近年、株主への還元圧力強化もあって配当金や自社株買いを増やし、22年はいずれも過去最高だった(図3)。東証の方針によって低PBR株を中心に還元が増えれば、株価のさらなる上昇期待も高まる。

「銀行」「エネ」銘柄で目立つ株価上昇

 昨年1年間の東証の業種別の株価の騰落率には、すでにその動きが表れている。「銀行」や「エネルギー資源」など低PBRの業種で株価の上昇が目立っている(図4)。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻や世界的なインフレなどリスクが顕在化する中で、アイザワ証券の横山泰史アナリストは「不透明感が高い現状だからこそ、日本のバリュー(割安)株に世界の投資家の目が向いている」と話す。

 東証によると、22年7月時点でPBR1倍割れの企業は、最上位プライム市場の50%、スタンダード市場で64%に上り、多くの企業がさらなる株主還元に踏み込むとみられる。それでは今後、どのような銘柄に株主還元が期待できるのか。フィスコの仲村幸浩アナリストに、プライム市場の上場企業のうち株主還元強化が期待できる銘柄にさまざまな条件を設定してスクリーニング(ふるい分け)してもらった(銀行・保険を除くプライム市場上場銘柄の上位100社、銀行・保険のプライム市場上場銘柄の上位20社 >>有料会員限定)。

 スクリーニングでは、①企業の短期的な債務支払い能力を示す経営指標である当座比率が120%超、②時価総額に対して、企業が自由に使うことができるフリーキャッシュフローの割合が0超、③財務の健全性を示す自己資本比率が50%超、④自己資本の有効活用を示すROE(株主資本利益率)が低く、市場から是正圧力がかかるとされる8%未満──の銘柄を対象に、①~③の指標を総合して評価した。

 上位に入った銘柄の特徴は、自己資本比率や現預金比率が高い一方で、設備投資などに投じている金額が小さい銘柄だ。一方、横山アナリストは低PBRの業界のうち、業況が良い企業が株主還元強化に踏み切りやすいと見ており、低PBR業界の候補に銀行▽鉄鋼▽倉庫▽生損保▽非鉄──を挙げた。ランキングの上位銘柄の中には、成長投資を怠ってきた銘柄なども含まれている可能性があり、留意が必要だ。

 それでも今後、低PBR銘柄が株主還元に本気となり、収益性も伴って株価が上昇すれば、日本株全体の底上げと持続的な成長につながることは間違いない。「日本株の大逆襲」への号砲は今、鳴ったばかりだ。

(安藤大介・編集…

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