国際・政治 FOCUS
アステラスの日本人社員拘束 海外勢の中国市場進出に冷や水 濱田一智
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アステラス製薬の日本人社員が中国で拘束された事件は、改めて中国ビジネスの危うさを浮き彫りにした。特に製薬という点で、中国政府にとって悪手だろう。第一に、日系を含む外資企業が中国市場に対して及び腰になりかねない。第二に、近年急激に技術力を上げた中国企業にとって海外市場進出に不利に働く可能性がある。
第一の点について、そもそも中国は米国に次ぐ世界第2位の製薬市場だ。10年ほど前までは日本がこの地位にあったが、日本市場は薬価(薬の公定価格)制度の改正などで魅力が減少。欧米のメガファーマ(巨大製薬企業)は日本の研究所を閉鎖し、中国に新設する動きが相次いでいる。
また中国政府も外資勢が活動しやすいよう、硬直的だった関連法規を改めた。これを追い風に米メルク、米ファイザー、英アストラゼネカといったメガファーマがこぞって進出。渦中のアステラスも、2019年末には「20年代後半に中国事業の売上高を(3倍超の)2000億円規模に伸ばす」と意気軒高だった。
決して根拠なき数字ではない。同社は伝統的に泌尿器に強く、排尿障害薬「ハルナール」で古くから中国市場に食い込む。現在の主力品の前立腺がん薬「イクスタンジ」も伸びを期待し、さらに胃がんや食道がんを対象にした抗がん剤「ゾルベツキシマブ」の臨床試験を中国でも始めた。
疾患には人種差がある。例えば、胃がんや食道がんはアジア人患者が多い。これらの疾患で日本と中国は一蓮托生(いちれんたくしょう)ともいえる。仮に日本の製薬企業が中国から距離を置くようになれば、良薬が中国人患者に届かなくなるかもしれない。
第二の点では予備知識が必要だろう。ひと昔前まで、中国の製薬産業は、さほど技術力の要らないジェネリック(後発品)や原薬(薬の主成分となる原料)生産が大半だった。いわば下請け工場にすぎなかった。
だが時代は変わった。例えば抗がん剤は、製薬企業の技術力を示すバロメーター。象徴的なのが、19年に中国のバイオベンチャー「ベイジーン」開発の血液がん薬「ザヌブルチニブ」が中国発の抗がん剤で初めて米国で承認されたことだ。この頃から「中国あなどり難し」の声が業界で高まった。今年初頭には武田薬品工業が、同じく中国のバイオベンチャー「ハッチメッド」から大腸がん薬の権利を4億ドルで取得。こうした取得は以前、日本勢は欧米企業からが大半だった。
では今回の事件が中国勢台頭に水を差すのか。確かに外資系企業の中国進出と中国企業の海外進出とはベクトルが逆だ。だが製薬産業の特色として「科学」と「政治」が交錯する点が見逃せない。狙った遺伝子を容易に操作できるゲノム編集はどこまで許さ…
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週刊エコノミスト
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