FRBに迫るインフレ抑制・景気後退回避・金融システム安定のトリレンマ 長谷川克之
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米シリコンバレー銀行(SVB)破綻を同行固有の問題として片付けるのは危険だ。背景にある預金と債券の二つの危機を乗り切るには、議会の預金保護と中央銀行の金融緩和が必要になるが、容易ではない。
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「見たことがない異常な規模とスピードで起きた」。SVB破綻を巡る公聴会でそう語ったのは米連邦準備制度理事会(FRB)のバー副議長である。2023年2月末に1650億ドル(約21.7兆円)あった預金が3月9日に420億ドル流出し、さらに破綻した10日には1000億ドルの流出が見込まれたという。全預金の9割近くがわずか2日で流出する衝撃的な取り付けだ。伝統的な流動性管理での銀行の常識を覆すSNS時代の「デジタル・バンクラン」の恐ろしさをまざまざと見せつけた「預金危機」である。
求められる預金保護拡充
SVB破綻は確かにバー副議長が指摘するように「教科書的な経営の失敗」によるものかもしれない。だが、同行固有の問題に加えて、多くの米銀に通底する問題も内包している。預金危機は銀行にたまった記録的な預金が急速に流出する中で起きている。新型コロナのパンデミック(感染爆発)を受けた未曽有の財政支出の結果、米銀の預金は20年に前年比20%超で拡大し、FRBの推計によれば家計部門の過剰貯蓄は21年に2.3兆ドルにも達した。貸し出し以上に預金が増加した結果、預貸率、すなわち預金に対する貸し出しの比率は21年12月にかけては過去最低の50%台にまで低下した。危機の底流にあるのはマクロ面での不均衡であり、巨額預金が今、流出の圧力にさらされている。預金減少は前年比で4%を超える記録的な大きさになっており、当面は続きそうだ(図)。
まず、景気の減速やインフレに伴い、家計・企業は資金繰りが悪化し、預金の取り崩しを迫られている。また、FRBの利上げに伴いMMF(マネー・マーケット・ファンド)の利回りが預金金利以上に上昇し、預金からの資金シフトも進んでいる。加えて、今般の銀行破綻の結果、預金者は経営体力が劣る中小行から大手行に預金の預け替えを行っている。米国では連邦預金保険公社(FDIC)による預金保護の上限は25万ドル(約3300万円)であり、上限1000万円の日本と比べれば一見手厚いようにも見える。しかし、流動性預金が全額保護されている日本とは異なり、法人の当座預金の上限も同じ25万ドルである。企業経営者や財務責任者にとっては安心な銀行への預金シフトは当然の責務となる。
自分の預金が保護されるか疑心暗鬼になっている預金者の不安を抑えるためには、預金保護を拡大させることや、時限的に預金全額、あるいは流動性預金を保護することが求められてこよう。その際には議会での承認が不可欠だが、強硬派の下院自由議員連盟(フリーダム・コーカス)は既に反対姿勢を示している。保守派からすれば、預金保護の拡大は預金者の自己責任原則に反するだけでなく、市場を通した銀行に対する監視機能を弱めるものでもある。議会での審議の遅れ、リーマン・ショック時と同様に「決められない」政治が危機を増幅することが懸念される。
米銀含み損は2兆ドルか
危機収束のためにはFRBがインフレとの闘いに勝利を収め、金利上昇による資産価格の下落が止まることが必要になってくる。FRBの利上げが続けば、銀行の資産ポートフォリオは傷み、預金からの資金流出も続く。
SVBは集まり過ぎた預金を国債やモーゲージ債で運用した。短期の預金という負債を中長期の債券で運用するという期間のミスマッチには問題があったが、仕組み債や証券化商品…
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週刊エコノミスト
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