哲学者はこう経済を論じてきた 今、経済学に“心”を取り戻す時だ 小川仁志
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経済学はいつから富を増やすためだけのツールに成り下がってしまったのか。哲学者たちの目を通して、経済学に心を取り戻すための方法を模索する。
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哲学者たちの中には、経済学の形成に直接貢献してきた人物が多数存在する。そのパイオニアといっていいのが、英国の哲学者ジョン・ロックである。哲学や政治思想の分野でさまざまな功績を残した偉大な哲学者だが、彼はまた経済学における古典派の形成にも大きな影響を及ぼした人物であった。
ロックは労働価値説、つまり人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという理論を提唱したことで知られる。その一方で、彼が強調していたのが、公共善という概念にほかならない。国家による経済運営は、公共善の観点からなされるべきだと説いていたのである。
そうした道徳に根差した経済学ともいうべき問題提起を受け、近代経済学の父アダム・スミスが登場する。神の「見えざる手」で知られる『国富論』によって、古典派経済学を大成した人物である。しかし、忘れてならないのは、スミスは経済学者であるだけでなく、『道徳感情論』という哲学の主著を持つ哲学者でもあった点だ。
この本の中でスミスは、「見えざる手」が他者を意識した同感(シンパシー)の産物であることを明らかにしている。言い換えると、経済活動は道徳に基づいて初めて機能するということである。現代の資本主義の源流はスミスにあるが、そのスミスが道徳の意義を重視していたことを軽視したツケが、現代の私たちに回ってきているように思えてならない。
ミル「利潤獲得機械」
以後、経済学の世界では心がどんどん離れていってしまうのだが、哲学者たちは、何とかそれを食い止めようと、経済と心の関係を論じ続けたといっていい。スミスと同時代を生きたドイツの偉大な哲学者G.W.F・ヘーゲルは、スミスの影響をもろに受けている。だからこそ、「欲求の体系」としての市場経済を論じるにあたって、「誠実さ」の意義を強調したのだ。誠実さという倫理なくして、市場は成り立たないことを早くから見抜いていたのである。
スミスより少し後の時代になるが、明らかにその影響を受けたといえるのが、英国の哲学者J.S.ミルである。ミルは功利主義や古典的自由主義で有名な人物だが、経済学に関しても著作を残している。
ミルが特筆すべきなのは、スミスの提唱した経済学、とりわけ資本主義のシステムが早くも機能不全に陥っていることを指摘し、その対応策を示した点にある。ミルは、資本主義が「利潤獲得機械」に成り下がっているため、それをもう一度人間の手に取り戻す必要が…
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週刊エコノミスト
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