戦争が違法化されても続く武力行使 次は“新たな戦争”の時代? 佐藤丙午
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2度の大戦を経て世界は戦争が「少ない」社会を実現した。しかし、ロシアのウクライナ侵攻によって時代の節目を迎えている。
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2022年2月に始まったロシアのウクライナに対する侵略は、1990年代に始まった「ポスト冷戦」の時代の終焉(しゅうえん)を記すものであった。米国を中心とした自由主義圏と、ソ連中心の共産主義圏の世界規模の対立であった冷戦は、ソ連の崩壊とともに終わりを告げ、リベラル民主主義の「勝利」に終わった。
その後、グローバリゼーションと国際協調の下に「ポスト冷戦」期に入るが、その二つが国際秩序の基本構造とみなされなくなったのである。ただし、ロシアのウクライナに対する侵略は、2014年のクリミア併合に始まるとも指摘されるため、実は国際社会はすでに新しい時代に入っていたことに無自覚であったといえるのかもしれない。
実際のところ、14年の出来事は、領土や資源、あるいは戦略拠点の確保などを巡る争いであり、20世紀から続く軍事介入の一つの形であった。介入の目的を考え併せても、ロシアによるウクライナ侵略は、戦争の本質が大きく変化していないことを示すものであった。
ただし、20世紀の後半から21世紀の初頭において、人間社会が残忍な社会行為を克服できたとする楽観に支配された時期がある。事実として、20世紀後半を特徴づけた民主主義陣営と社会主義陣営の「冷戦」は、ソ連の崩壊とともに終焉した。
90年代以降、国家間戦争の頻度は極端に低くなり、武力対立の多くは国内での勢力争いが軍事化したものであった。民主主義国同士は戦争をしないという、いわゆる「民主主義平和論」は、政治体制次第で戦争を抑制することができるという、理論的な可能性を示してくれた。
実際、「戦争の世紀」といわれた20世紀を通じ、戦争を巡る環境は大きく変化した。戦争を巡る法的地位、戦争の目的、戦術、そして軍事手段(武器)の性質などである。その変化は漸進的なものであり、軍事対立に関するパラダイムが変化したものではない。そして国際社会は、21世紀もその変化した環境の中で、競争と対立を繰り返している。
「集団安全保障」が誕生
戦争の変化を最も強く実感するのが、戦争開始の際の「宣戦布告」の有無である。第一次世界大戦までは国家が戦争を起こす際、宣戦布告して交戦国を明示し、戦時国際法の適用を受けることが国際法上、慣例化していた。しかし、世界規模の惨禍となった第一次世界大戦の反省から、国際連盟の下で自衛戦争の一部を除き、原則戦争は違法化された。
また、1928年の不戦条約(パリ条約ともケロッグ・ブリアン協定とも呼ばれる)により、それまでの「無差別戦争観」(戦争の理由は問わず、交戦国を国際法上、平等に扱うこと)は否定され、連盟規約やロカルノ条約と連結した「集団安全保障」(国家連合の中で紛争を平和的に解決することを約束し、武力行使した国には他の国が集団で対処すること)の概念が誕生している。
ただし、不戦条約では国家による自衛戦争は否定されていなかった。そのため、ナチス・ドイツや日本帝国をはじめとして、「自衛」や他国にいる自国民の「保護」などを理由に戦争を引き起こし、再び世界規模の戦争へと突入していった。
第二次世界大戦後に誕生した国際連合では、憲章で武力行使の例外が①集団安全保障、②自衛権(個別的及び集団的)、③国連の授権による武力行使──の三つに集約された。また、国際連盟憲章では明確にされていなかった「侵略」については、憲章第7章で「平和と安全」に対する侵害行為の認定プロセスが明示されている。
各国が持つ自衛権も、国連が機能するまでの暫定措置と位置付けられ、法的には戦争が完全に違法化されることになった。つまり、国家間の武力対立は「戦争」ではなくなったのである。そうなると、実態としての武力行使や武器の使用は存在するものの、その名目は国際社会で正当化される理由が用いられるようになった。
ロシアも今回、ウクライナへ侵攻するに当たり、ロシアがドネツク、ルガンスク人民共和国の国家承認に伴い、ドネツク、ルガンスク両国がウクライナから攻撃を受けているとして、平和作戦あるいは集団的な自衛措置を行使するというロジックを展開している。ただし、こうしたロシアの主張は認められるものではなく、国連緊急特別総会でロシアを非難する決議が賛成多数で採択されている。
また、集団安全保障を担保する「国連軍」はこれまで存在せず、国連の授権による武力行使も安全保障理事会の常任理事国であるロシアが拒否権を行使できる立場にある以上、侵略行為を認定できず機能しない。実際、ロシアにウクライナからの即時撤退を求める安全保障理事会の決議案も、ロシアの拒否権行使によって否決された。つまり、国連憲章で武力行使が原則として禁止されても、国家間の武力対立が消滅したわけではない。
しばしば国家は領土、名誉、利益のために戦争を行うと指摘される。そうした戦争の本質に変化はないが、現代の国際法の下では国境線の変化を軍事的に強制するのは困難であり、軍事力は自国の影響力圏の拡大を目的に制約的に使用される。戦争の本質の三つの要素のうち、領土を巡る戦争は、19世紀までとは異なる形をとるようになった。ロシアのウクライナ侵略において、ウクライナ東部地域やクリミア半島を併合したのは、19世紀型の戦争であったと評されることがある。
実は、ロシアは2008年にジョージアに軍事侵攻し、米国も1970年代にはベトナム、80年代にはグレナダやパナマ、01年にはアフガニスタン、そして03年にイラクと、数多くの武力攻撃を行っている。それら事例とウクライナの例との大きな差は、侵略した側には領土的野心がなかったことである。第二次世界大戦以降の多くの戦争では、国境線の変更は「ほとんど」発生していない。
占領継続に多大なコスト
結果的に、国連の下で国家主権の原則は厳しく維持されてきた。もちろん、旧ソ連の分裂のように国家体制の崩壊による分離独立、さらにスーダンやエチオピアの分裂など、内戦の結果国家を分立させるなど、国家の数は増えた。
しかし、戦争で主権国家を消滅させて領土を拡大した例は少ない。この点で、イスラエルとパレスチナの問題をどう理解するかは難しいが、イスラエルは中東戦争の結果、エジプトから獲得した領土を78年以降、順次返還しているし、パレスチナ側が統治不能状態になるまでは、イスラエルと独立したパレスチナが共存する 2国家解決案への理解を示していた。
第二次世界大戦の際に日本は無条件降伏を受け入れ、連合軍に占領されたが、日本帝国から日本国への移行は、日本自体の主権判断の下で行われている。もちろん、戦争後にさまざまな手段で、自国に有利な政権の樹立を図った例はある。しかし、20世紀の戦争において、占領統治や併合、そして植民地統治は、自決権の尊重という国際法の原則に反することに加え、占領状態を継続するには大きなコストがかかる…
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週刊エコノミスト
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