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国際・政治 これまでの/これからの100年

中露が進める“肥料人質外交” 日本は農業資源フル活用へ転換を 柴田明夫

ウクライナ戦争で先進国との緊張が高まる中、ロシアは肥料を「人質」として使おうとしている(ロシアの肥料工場) Bloomberg
ウクライナ戦争で先進国との緊張が高まる中、ロシアは肥料を「人質」として使おうとしている(ロシアの肥料工場) Bloomberg

 中国とロシアが穀物生産に不可欠な「肥料」を外交手段として使い始めた。日本は食料自給率を引き上げる必要がある。

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 ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経過した。戦闘が長期化するなか、シカゴ穀物市場は、ひとまず騰勢一服となっている(図1)。ウクライナ産穀物の輸出再開に加え欧米中央銀行の利上げ加速により、ヘッジファンドなど投機筋のポジション調整(利益確定の売り)が入ったためだ。とはいえ、大豆、小麦、トウモロコシとも高止まりしており、このまま沈静化していく様子はない。

 2022年という年はグローバリゼーションの下で進められてきた世界の食料需給構造が揺らいだ年であったといえよう。世界の国々を食料貿易という観点からみると、大きく三つの類型に分けることができる。

 一つは、米国、カナダ、豪州、ブラジル、アルゼンチン、ウクライナ、ロシア、そして欧州連合(EU)諸国など、一握りの農業輸出大国のグループだ。

 二つ目は、主要な食料を輸入に依存する多くの国々である。日本や韓国、スイス、フィンランドなどの先進国もこの分類に入る。このうち、世界で最も貧しい70カ国近い国々は、コーヒー・紅茶・熱帯果実・鉱物などの1次産品を輸出する一方、それで得た貴重な外貨を使って穀物などの基礎食料を輸入している。

 三つ目は、中国とインドの人口大国で、国内の食料生産が余剰を生み出した時には数百万トンのコメや小麦を輸出するが、ひとたび国内需給が逼迫(ひっぱく)すると一転して食料輸入大国に転じ、国際食料需給における大きな不安定要因となっている。足元では、中国が1億トン近い大豆、3000万トンのトウモロコシ、1000万トンの小麦、500万トンのコメを輸入している。インドは中国に次いで世界第2位の小麦生産国であるにもかかわらず小麦の輸出を禁止した。

「新しい戦争」幕開け

 ロシアによるウクライナ侵攻は、農業、食料というフィールドまで攻撃を拡大した「新しい戦争」の幕開けとなった。国際食料政策研究所(IFPRI)によると22年は、少なくとも世界22カ国が食料に関し輸出規制措置を導入した。ウクライナ危機の影響は、ロシアからの肥料供給減少という世界の食糧安全保障を根本から揺さぶる問題として、今後本格化する恐れがある。

 世界的な肥料供給混乱の兆しは、コロナ禍が始まった20年3月に、肥料原料価格の上昇という形で表れていた(図2)。国連食糧農業機関(FAO)による別のデータでは、17~20年にかけて1トン当たり200~300ドルで推移していた窒素を多く含む尿素のスポット価格(バルク、黒海沿岸渡し)は、21年以降上昇に転じ、22年1月には900ドルに達した。リン酸も1トン当たり100ドル弱から300ドル台へと上昇した。背景には何があるのか。

 そもそも世界の肥料市場は、消費は多くの国でされる一方、生産は特定の国に偏在している。肥料の情報サイトによると、21年の世界の肥料貿易額825億ドルのうち、最大の輸出国はロシアで15.1%(125億ドル)を占める。次いで、中国13.3%、カナダ8.0%、モロッコ6.9%、米国4.9%と続き、上位10カ国で65%に達する。世界の3大肥料(窒素、リン酸、カリ)の需要量は、食料生産の増加や人口増加を反映して年々着実に増大している。21年に入り、窒素肥料の原料となるアンモニアを作るのに必要な天然ガスの価格が欧州で急騰したのに加え、①コロナ禍による輸出制約、②輸出国の輸出制限、③大手企業による寡占化──などが重なり、価格高騰を招くことになった。

 こうしたなか、ロシアのプーチン大統領は22年4月5日、ビデオ会議を通して、海外への食料供給について「慎重になる」と発言した。つまり、食料を「戦略物資」とみている節がある。特に、食料の生産は肥料の供給量や価格に大きく依存することから、プーチンは自国の保有する肥料を、敵対国か友好国か、「踏み絵」にかけようとしているのではないか。「プーチンの踏み絵」にかけられる国・地域はどこか。

窒素、リン、カリの脆弱性

 FAOが19年10月に発表した、「2022年に向けた世界の肥料展望」では、3大肥料について需給バランスを算出している。これを地域ごとに眺めてみると、世界の需給構造の脆弱(ぜいじゃく)性が浮き彫りになってくる。

「窒素肥料」では、西アジア(イラン、トルコ、サウジアラビア、イラク、アフガニスタンなど16カ国)と東欧・中央アジア(ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナなど15カ国)が大きな輸出国であるのに対し、北米、南アジア、西欧、豪州は一貫して純輸入地域である。なお、中国は東アジアで大きな窒素肥料の輸出国の立場にある。

「リン肥料」では、アフリカ(主にモロッコ)、北米、西アジア、東アジア、東欧&中央アジアが小幅な輸出国であるのに対し、南米&カリブ海(ブラジル、アルゼンチン、チリ、メキシコ、ペルーなど33カ国)、南アジア(インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールなど7カ国)、中欧、西欧、豪州と、多くの国・地域が輸入に依存している。

「カリ肥料」では、北米と東欧&中央アジアが大きな出し手である一方、東アジア(中国、日本、韓国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイなど15カ国)、南アジア、南米&カリブ海、中欧、豪州が一貫して輸入地域であり、しかも輸入量は増加傾向にある。

 こうしてみると、ロシアによる肥料輸出の制限は、南米&カリブ海、南アジア、東アジア、豪州にとってかなり深刻な食糧安全保障問題を引き起こす可能性が高い。世界「食料危機」から農業生産への影響、すなわち「農業危機」の恐れである。

 ロシアのウクライナ侵攻を受け、米国とEU、日本など同盟諸国は、対露経済制裁を強化している。一方、ロシアは米国の経済制裁の縛りから逃れようとするにとどまらず、中国と手を組む形で一気に「脱ドル化」を進めようとしているかにも見える。それは、原油・天然ガス、穀物、肥料原料、鉱物など、いわば中国とロシ…

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週刊エコノミスト

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