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教養・歴史 これまでの/これからの100年

新しい“生”“死”概念登場 長寿の先の“健康”が課題 菱山豊

ノーベル医学生理学賞の授賞式を控え、スウェーデン・ストックホルムのノーベル博物館前で、記者の質問に答える山中伸弥氏(2012年12月)
ノーベル医学生理学賞の授賞式を控え、スウェーデン・ストックホルムのノーベル博物館前で、記者の質問に答える山中伸弥氏(2012年12月)

 少子高齢化社会の先頭を行く日本で新たなヘルスケアシステムを確立できれば、世界をリードできるはずだ。

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 日本の平均寿命を見ると、1920年ごろに男性42.06歳、女性43.20歳だったのが、2020年には男性81.56歳、女性87.71歳と、この100年で倍以上となった。長寿社会が実現したといえる。

 100年前のスペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)をはじめとして、20世紀前半までの日本では、結核などの感染症で命を落とす人が多かった。だが、第二次世界大戦後、栄養の向上や、清潔で衛生的な環境により、人々は感染症にかかりにくくなった。乳幼児死亡率も大きく低下した。国民全体で見ると疾病構造が大きく変化し、生活習慣が大きく影響する心疾患・脳血管疾患や、がんが主たる死因となった。

 そして国民は、60年以上前に整備された国民皆保険制度によって、高度な医療に容易にアクセスできるようになった。

 こうした疾病構造の変化に応じて、医療の体制や医学研究の内容も変わった。すなわち、この半世紀、医療の体制も、それを支える医学研究も、そして医師や研究者らの人的資源もがんや生活習慣病に重心が移り、感染症への対策の比重が極めて小さくなった。そうした中で、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起き、患者の受け入れ病床が足りないなど医療崩壊という問題が起きてしまった。

 寿命が延びたとはいえ、人は病気にかかる。その治療のための医薬品を作り出す「創薬」のためには、生命現象を理解する分子生物学から計測技術、細胞の大量培養技術などさまざまな高度な科学技術が必要だ。創薬が可能な国は、こうした総合的な科学技術力を持つ米国、英国、ドイツ、フランス、スイスなど限られた国であり、日本もこれまでその一つに名を連ねてきた。

 特に、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功したとして12年のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥名誉所長をはじめ、15年に大村智・東京理科大学特別栄誉博士(抗寄生虫薬の発見)、16年に大隅良典・東京工業大学栄誉教授(細胞の自食作用という現象「オートファジー」の発見)、18年に本庶佑・京都大学特別教授(がん免疫療法につながるたんぱく質「PD-1」の発見)らが同賞を受賞したのは、日本の基礎医学研究の水準の高さを示す(カッコ内は授賞理由)。

体外受精、脳死移植も

 先端的な医療を支える科学の進歩は良いことばかりではない。この100年を振り返れば、戦争中の非人道的な医学研究や新薬による薬害など、さまざまな問題があったことが分かる。例えば、薬害では1960年前後に起こった妊娠中の女性が睡眠薬などとして服用し、胎児に重い先天異常を引き起こした「サリドマイド事件」や、80年代に、出血が止まりにくい血友病の患者が使用する非加熱血液製剤にHIV(エイズウイルス)が混入し、1400人以上が感染した「薬害エイズ事件」が起きた。

 また、人知の及ばない領域だと思われた生命の誕生や死の領域までが医学の対象となった。すなわち、体外受精や顕微授精など、妊娠を成立させるための治療となる「生殖補助医療」により、子どもが誕生するようになった。体外受精は英国で78年に世界で初めて成功し「試験管ベビー」として話題となったが、今や日本では十数人に1人が体外受精で生まれる。また、臓器移植を巡っては、脳の全ての機能が失われた状態である「脳死」と判定された遺体からの移植が行われるようになった。

 これらは、医学・医療の進展により新しい「生」と「死」という概念が登場したということであり、医学だけでなく、哲学、宗教、法学などの人文学・社会科学などの学問にも大きく影響を及ぼし、人々の生命観や死生観を変えたといえる。

 科学はさらに進み、生殖補助医療で使われなかった受精卵から、胚性幹細胞(ES細胞)という、体のさまざまな細胞になり得る「多能性細胞」が作製され、ES細胞から作ったさまざまな細胞を使って体の機能を補う再生医療などへの応用が進む。また、私たちの体の設計図ともいえる生命の基礎情報であり、センシティブな個人情報ともいわれる遺伝子の解読も進み、ゲノム(遺伝情報全体)を病気の診断や治療に活用する「ゲノム医療」も始まった 。

発展する「ゲノム編集」

 そして、遺伝子を容易に操作できる「ゲノム編集」技術が急速に発展し、その一つである「クリスパー・キャス9」を開発した研究者は、20年のノーベル化学賞を受賞している。また、クローン技術やゲノム編集技術を活用して、ブタなどの動物の体内に人間の臓器を作り出し、患者への移植に使おうとする研究もある。脳死体からの臓器移植は少なく、研究が実用化されれば、移植を待機している患者にとっては福音となろう。

 一方、このような生命科学の急速な発展により、生命の萌芽(ほうが)であるヒトの受精卵を壊してもよいのかという疑問が出され、また、ヒトの受精卵の遺伝子改変が懸念されるようになった。さらには、人間の臓器を作るために動物を利用してよいのかという問題も指摘される。そして、生命倫理の課題は医療で起きていたが、今や研究室でも起きるようになった。「倫理がラボにやってきた」のである。

 科学の成果である新薬や再生医療など高度の最先端医療には、経済的側面でも課題がある。こうした医療は、膨大な研究開発費などのために高価格となり、国民皆保険制度を導入する日本においては、医療財政を圧迫しているのだ。そのため、日本では革新的な新薬の薬…

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