「共感」の力こそが社会秩序を作る 河野龍太郎
『道徳感情論』
アダム・スミス著、村井章子・北川知子訳
日経BPクラシックス(3520円)
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経済学の父、アダム・スミス。代表作『国富論』の中で、価格調整メカニズムを「見えざる手」と呼び、利己心に基づく個人の利益追求と資本蓄積が経済発展をもたらすことを説いたことはよく知られる。2000年代末の国際金融危機の直後には、強欲を世に放った新自由主義の元祖として欧米では批判された。
しかし、『道徳感情論』では、富の追求の空しさを語っていた、というと驚く人も多い。スミスは、人間が過度の物欲にとらわれがちで、自己欺瞞(ぎまん)に陥りやすく、名声や権力に幻惑されやすいと論じていたのだ。その上で、善き人生とは何か、どうすれば可能になるかを語った。
『道徳感情論』の中心概念は「共感」だ。人間には他者の感情を写し取り、同じ感情を胸中に引き起こす能力が備わっているという。それを基に、胸中に「中立な観察者」が形成され、自らの行為や感情を評価する。胸中の「中立な観察者」の判断に従おうとするのが「正義の感覚」で、それが社会秩序の維持につながると主張した。
我々にもう一つ影響するのが世間の評価だが、人は地位や富など目に見えやすい快適な結果を重視しがちで、富や地位を求めて奔走する。スミスは、そうした努力は経済の繁栄をもたらすが、富や地位の獲得では幸福にはなれないと強調した。幸福になるには自分をだまさずに生き、愛するに値する人間になる必要があり、世間ではなく「中立な観察者」の評価に沿うべきで、それには知と徳の追求が肝要だと説いたのである。
新自由主義の元祖という欧米のスミス批判が的外れな…
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週刊エコノミスト
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