教養・歴史政策で学ぶ経済学

①アベノミクスは経済理論の「寄せ木細工」だった 前田裕之

 10年におよぶ経済政策「アベノミクス」とは、どんな経済思想や理論を背景としているのか。その根幹を経済学でひもとく。

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 経済政策は、経済学の研究対象の一つである。経済政策を実行すると足元の景気や経済に大きな影響を与えるばかりではなく、影響が長期にわたり、一国の命運を左右する場合さえある。経済政策には、どんな経済理論や経済思想の裏付けがあるのか。

 本連載では、7年8カ月にわたった第2〜4次安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」を経済学の視点から整理し、経済学を学ぶ材料を提供したい。

首相3代にわたる政策

 アベノミクスの概要をまとめておこう。2012年12月に政権が発足すると、デフレからの脱却と経済再生を目標に「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」を政策の柱として掲げ「3本の矢」と命名した(表)。

 15年9月には、少子高齢化が進む中で「1億総活躍社会」の実現を目指すと宣言。「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」(新3本の矢)を打ち出した。新3本の矢を貫くテーマとして「働き方改革」を同時に掲げた。

 新3本の矢のうち、「強い経済」以外の2項目は経済政策ではない。安倍政権は「元祖3本の矢」を継続しつつ、少子高齢化や人手不足といった課題に対応するために新たな政策目標を追加したとみるのが、自然な解釈だろう。多くの経済学者がアベノミクスを評価したり、論評したりするときに念頭に置いているのは元祖3本の矢であり、本稿でも政権発足当初に放った3本の矢を主な議論の対象とする。

 20年9月に安倍の後を継いだ菅義偉はアベノミクスの継承を表明し、21年10月に新首相となった岸田文雄もアベノミクスの旗を降ろさなかった。アベノミクスは3代にわたって生き延びてきたといえる。岸田政権の発足後、食料やエネルギー価格が高騰してインフレ傾向が強まるなど世界経済を取り巻く環境が激変し、アベノミクスの「出口」を巡る議論も活発になっているが、本稿では「入り口」に焦点を当て、現在の日本の経済政策の源流を探る。

一貫した経済思想はない

 経済学者たちはアベノミクスをどのように位置づけ、評価してきたのか。ある学者は「貨幣の供給量で物価水準が決まると考えるマネタリズムの現代版だ」と評し、別の学者は「政府が市場に介入する典型的なケインズ政策だ」と解説する。さらに別の学者に話を聞くと「市場原理を重視する新自由主義の考え方に基づく政策だ」と断じる。

 そもそもどんな政策なのか、認識が人によって大きく異なるため、政策の評価についてもさまざまな議論が入り交じって収拾がつかなくなりがちだ。

 その原因はアベノミクス自身にある。安倍は経済政策を立案するにあたり、一部の経済学者の意見を取り入れてはいたが、経済理論や仮説の中身にどの程度関心があり、どこまで理解していたのかは不明だ。デフレからの脱却と経済再生を政策目標に掲げたものの、アベノミクス全体を貫く経済思想や理論は見当たらず、3本の矢が向いている方向は必ずしも一致していない。異質な要素が同居する「寄せ木細工」のような構造になっている。7年8カ月の間に変化した要素もある。

 アベノミクスをどこから眺め、どの時点のどこに注目するかで「見え方」が大きく異なるのだ。「自分にとってのアベノミクス」に対する見解を述べる学者たちの議論が拡散してしまうのも無理はない。本稿では、なるべく幅広い観点から、アベノミクスと経済思想、経済理論との関係を論じるつもりだが、それでもやはり、「筆者から見たアベノミクス」を議論の前提にしているとあらかじめ断っておきたい。

 3本の矢の詳細は次回以降で解説するが、3本の矢の中で最も注目を集め、議論の的となってきたのが、第1の矢である。13年4月、日銀は黒田東彦総裁(23年4月に退任)の下でマネタリーベース(現金と民間の金融機関が中央銀行に預けた預金の合計=日銀が世の中に直接供給するお金)と長期国債・ETF(上場投資信託)の保有額を2年で2倍に増やし、2年程度…

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