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教養・歴史 ルーカス教授

追悼ロバート・ルーカス先生 理論とデータに基づく姿勢貫く 中嶋智之

 ノーベル経済学賞受賞者で米シカゴ大学名誉教授のロバート・ルーカス氏が5月15日、死去した。東京大学経済学部の中嶋智之教授が恩師を振り返る。

マクロ経済の既存研究に批判的検討を促す

 ロバート・ルーカス先生が亡くなったという報に接し、深い悲しみと喪失感に暮れている。ルーカス先生の教えを直接受ける幸運に恵まれた者の一人として、先生の業績を振り返りつつ、哀悼の意を表したい。

 ルーカス先生は、多くの分野で画期的な貢献をなされたが、その中でも第一に挙げるべきは、マクロ経済学のミクロ経済学的基礎づけであろう。マクロ経済学は1970年代に大きく変貌を遂げたが、それ以前との最も大きな違いはミクロ経済学的基礎の有無といってよいと思う。その変革を担った研究者の中で主導的な役割を果たしたのが、ルーカス先生であった。

 ミクロ経済学の研究対象は、消費者や企業などの個々の経済主体であり、そこでは、個々の経済主体が、それぞれの目的(効用や利潤の最大化)を達成するために最善を尽くすように行動するものとして理論化される。

 他方、マクロ経済学は景気循環、インフレ、失業といった一国全体の価格や数量を分析対象とするが、60年代までのマクロ経済学では、個々の経済主体の最適化行動は捨象されることが標準であった。

 例えば、経済全体の消費や投資の水準は、消費関数や投資関数など外生的に仮定した関数によって決定されると仮定されていた。そこでは、消費関数や投資関数がどのようなメカニズムで生成されるのかは不問に付される。そのような分析手法が取られた理由は、景気循環やインフレなどのマクロの現象を、ミクロの経済主体の行動を積み上げて説明することが、極めて困難であると認識されていたからであろう。

 ルーカス先生は72年の論文で、それが可能であることを示した。消費者や企業の最適化行動に基づいて、景気循環やインフレを分析してみせたのである。特に、当時注目を集めていた、フィリップス曲線(失業率を横軸に、インフレ率を縦軸にとって描いた曲線)の短期と長期の違い(インフレと失業のトレードオフが短期には存在するが長期には存在しなくなるという説)について理論的に、整合的に説明できることが示されたため、その後の研究に多大な影響を与えることとなった。

合理的期待

 マクロ経済学のミクロ経済学的基礎づけで重要なのが期待形成である。消費関数や投資関数が外生的に仮定されてきたのと同様に、70年代以前のマクロ経済学では、人々がどのように将来を予測するのかについても外生的に与えるのが標準であった。

 それに対して、ルーカス先生がマクロ経済学に新たに導入したのが、「合理的期待」の考えである。合理的期待仮説とは、人々は用いうるすべての情報を使って、将来についての予想を形成するという考えである。ルーカス先生の研究で、期待形成に関する仮定によって経済政策の効果につい…

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週刊エコノミスト

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