インタビュー「賃金・物価上昇の循環目指せ」渡辺努・東京大学大学院教授
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日銀OBで、物価理論の第一人者として知られる東京大学大学院の渡辺努教授にインフレの影響や見通しを聞いた。(聞き手=浜條元保/中西拓司・編集部)
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── 国内のインフレ(物価上昇)の状況をどう見ているか。
■新型コロナによって、世界的にインフレになっている。ただ欧米などのコロナ前のインフレ水準は適正なレベルだったが、現在は高過ぎる水準だ。一方、もともと低水準だった日本は現在、ちょうど適正な水準に近付いているのではないか。日本はインフレの出発点(ゼロインフレ)が海外と異なっていたことが、非常にラッキーだった。
インフレ予想を聞いた我々のアンケートでは、今後の物価の見通しについて「上がるだろう」と回答する割合が高まっている(図)。特に、平成期の長いデフレ時代を過ごし、インフレを経験したことがない若い世代で顕著だ。企業も値上げに踏み切っている。連合も今春、基本給を一律に引き上げるベースアップ(ベア)3%の要求を掲げた。つまり、人々のインフレ予想と値上げ耐性、企業の価格転嫁、賃上げ──という、賃金と物価が上昇する新しいサイクルが一巡したと認識している。このサイクルを2巡目、3巡目にできるかが重要だ。
海外から見れば「旧ソ連」
── 企業は値上げへのためらいがなくなったのか。
■以前は消費者の反応を気にして値上げを控えてきたが、消費者も値上げへの抵抗感がなくなってきたため、企業もエネルギーや原材料価格の上昇分を、自信を持って価格に転嫁している。焼き鳥居酒屋チェーン「鳥貴族」のように値上げに踏み切った結果、売り上げが落ち込む状況がかつてはあったが、今はコストを価格に転嫁していいという共通認識が各企業に広がっている。企業はこれまで「価格据え置き」の殻に閉じこもっていたが、変わりつつある。
── 物価と賃金が上昇するサイクルの定着のカギは。
■一つには外国人投資家の動向が挙げられる。外国人投資家の中には「日本のデフレが終わったのではないか」「日本が新しいインフレのサイクルに入り、経済活動が活発化するのではないか」との思惑から、日本株に買いが入っている。もちろん円安で株価が割安になっている側面もあるが、日本がデフレからようやく脱却しつつあるという認識が広がっている。
そもそも諸外国は物価と賃金が動いており、日本のように長期間にわたって変動がない状況は外国人には理解しにくい。この点については、「日本は実は旧ソ連と同じ経済状況だった」と説明すると理解してもらえる。つまり旧ソ連の統制経済のように物価も賃金も「凍結」され、価格メカニズムが機能しなかったのがこれまでの日…
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週刊エコノミスト
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