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リニア中央新幹線 本当の進捗状況を検証する 梅原淳

リニア中央新幹線の試験車両=2020年10月19日 梅田啓祐撮影
リニア中央新幹線の試験車両=2020年10月19日 梅田啓祐撮影

 JR東海が2027年の開業を目指すリニア中央新幹線の品川─名古屋間。南アルプストンネル内の静岡県区間はまだ着工に至っていない。その他にも工事が進んでいない箇所がある。全体での進捗はどうなっているのか。

静岡県区間のトンネルは未着工

 リニア中央新幹線の品川─名古屋間は全長285.6キロだ。このうち90%はトンネルだ。

 JR東海のリニア中央新幹線に関するホームページを見ると、「中央新幹線(品川・名古屋間)の進捗(しんちょく)状況」と題して2023年3月末時点での事業の進捗状況が公開されている。

 ここで明らかにされているのは「用地取得率」(用地の権利者の人数に対する取得済みの人数の割合)が約65%、「発生土活用先の確定状況」(トンネル工事で発生した土の量に対して活用先が確定した土の量)が約80%の二つの指標しかない。しかも、両者とも分母と分子の数値が不明だ。

大深度を掘るシールドマシン

 過去の東海道新幹線の事例では、用地取得率は最後の数%を達成するのが難しい。一方で発生土活用先の確定は、確かに建設工事を進めるうえで100%が望ましいが、かといってこの数値の高低で建設状況が大きく変わるのかは分からない。

 工事の進み具合を示す一般向けの指標で考えると、線路の路盤、または線路部分の構築物となるトンネルや橋りょうが何キロ建設されたかであろう。「285.6キロ分の○○」で示される分子部分について、JR東海によって具体的な距離が明らかにされているのは0.168キロ、つまり168メートルにすぎない。

 テスト走行が行われ、リニア中央新幹線が開業した際には、営業区間の一部となる山梨リニア実験線の42.8キロを加えても43キロである。つまり、全体の15%しか工事が進んでいないのだろうか。

 この168メートルはすべて品川駅と神奈川県駅(仮称)との間の大深度地下トンネル「第一首都圏トンネル」(延長36.9キロ)で掘削された距離だ。同トンネル北品川工区の北品川非常口(東京都品川区)、同トンネル梶ケ谷工区の梶ケ谷非常口(川崎市宮前区)、同トンネル東百合丘工区の東百合丘(川崎市麻生区)から筒状のシールドマシンによって掘られた距離の合計で、地質調査も兼ねた「調査掘進」の段階であるという。

 地下トンネルを掘る際に広く用いられるシールドマシンは、筒状の先端のカッターが回転しながら掘削し、同時に掘った部分を押さえつけ、後方でセグメントと呼ばれる輪切りの筒状の部材を構築してトンネルとして仕上げる役割を果たす。一度に複数の役割を自動的に行い、掘削後はトンネルがほぼでき上がっているので、地質の状況が判明して異常な出水の可能性が低くなれば、工事は比較的順調に進むと期待される。

1日で掘れる距離は

 掘削のスピードは、やはり東京の地下に掘られた首都高速中央環状線のトンネルが参考になるだろう。トンネルの内径はリニア中央新幹線の約13メートルとほぼ同じだ。中央環状線の中落合付近のトンネルを掘ったシールドマシンは直径11.8メートルで、1日平均10メートルのペースで掘り進めていったようだ。この数値をリニアの第一首都圏トンネルに当てはめると、トンネルの貫通は約10年後の2033年中となる。

 もう少し現実的な数値を示しておくと、調査掘進の結果が良好で、24年の年頭から1日平均10メートル掘ることのできるシールドマシンを用いて第一首都圏トンネルの工事が本格的に開始されたとすると、トンネルの貫通は2034年1月となる。貫通後に線路を敷いて営業可能な状態に整えるには少なくとも1年は必要なので、第一首都圏トンネルを基準としたリニア中央新幹線品川─名古屋間の開業時期はいまから12年後の2035年初めと、かなり先になってしまう。

 現状では、リニアの27年開業は事実上不可能だが、もし、第一首都圏トンネルの残り36.7キロを、24年の年頭から開業予定の27年の前年の26年中に貫通させるなら、1日平均33メートルのハイペースで掘り進めなくてはならない。

 同じくシールドマシンを用いて掘ることとなっているトンネルは、岐阜・愛知の両県をまたぐ形で設けられる「第一中京圏トンネル」(延長34.2キロ)だ。同トンネルの名古屋駅寄りの約19.8キロはシールドマシンによって掘ることが予定されている。

 こちらの現状は、第一首都圏トンネルよりも厳しい。JR東海は第一中京圏トンネル坂下西工区の坂下非常口(愛知県春日井市)から21年度中にシールドマシンを用いて調査掘進を行う予定でいた。しかし、準備作業中にシールドマシン先端部のカッター部分に損傷が見つかり、以後中断したままである。

山岳トンネルの状況

 リニア中央新幹線品川─名古屋間にトンネルは回送線を含めて全部で43カ所ある。

 このうち、南アルプストンネル(延長25.0キロ)内の静岡県区間…

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