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がんばれ本屋さん/下 「書店よ、甦れ!」 直木賞作家+書店経営者、今村翔吾が語り尽くす 本誌の入魂キャンペーン 伊藤彰彦

大阪・箕面市に「きのしたブックセンター」をリニューアルオープンした時代小説の星・今村翔吾氏
大阪・箕面市に「きのしたブックセンター」をリニューアルオープンした時代小説の星・今村翔吾氏

 まだ間に合う 「書店」が生き残る方法はある!

 本誌前号の書店復興特集は大きな反響を呼び、読者からは数々の本屋さん体験と、書店文化の活性化に向けた願いが寄せられた。後篇では、本屋さんを熱愛する伊藤彰彦氏が、時代小説の俊英にして書店経営者である今村翔吾氏、個性的な棚でお客さんを誘う書店主・落合博氏らに訊きながら、出版の未来を展望する――。

 10代を「読書」に夢中にさせる方策/超高齢化社会の書店形態とは

《私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた》

 第169回芥川賞受賞作品『ハンチバック』で、重度の障害を持つ作家の市川沙央はこう書き、受賞スピーチで読書のバリアフリーを訴えた。市川の主張は、「紙の文化と街の書店」の復権を唱える立場や、紙媒体でのみ作品を発表しデジタル化を拒む作家への「問いかけ」となった。デジタル書籍が、ハンディキャップのある人々に切実に求められていることは、強く認識しておかねばならない。

 街の書店は本を売るだけでは経営が成り立たず、カフェや雑貨屋や中古書店やCDショップを併設する新たな業務形態が現れた。しかし、敢(あ)えて皮肉な言い方をすれば、カフェのテーブルに精算前の本を持ち込み可としている店では、飲食目的の客を引き寄せるために書籍を置き、古くなったり傷んだりした本は返品してしまうという悪しきビジネスモデルができた、とエッセイストの永江朗はカフェ併設書店の問題点を指摘する。

 そうした状況下で書店の経営を始め、全国の書店や学校などを自家用車で回る直木賞作家が現れた。39歳の時代小説作家、今村翔吾である。今村に「いまなぜ書店を始めたのか」を訊(き)いた。

東京・田原町「Readin' Writin' BOOKSTORE」の店内
東京・田原町「Readin' Writin' BOOKSTORE」の店内

 若い世代に本屋の魅力を味わわせたい

今村 2021年11月に、閉業寸前だった大阪府箕面(みのお)市の「きのしたブックセンター」をリニューアルオープンさせました。小説家がいわゆる「街の本屋さん」を経営するのは、僕が初めてだろうと思います。外野は好き勝手言いました。「本屋なんてもう無理や」「オワコンや」って。でもね、仮に本屋が滅びるにしても、一分でも一秒でも延ばしてやりたいんです。

 それに、いまのうちに若い世代に本屋さんの魅力を味わわせてあげたい。もともと僕は図書館で本を借りるより「本屋で買う派」でした。本が好きになったのは小学生の頃。地元の古書店で池波正太郎さんの『真田太平記』を見つけたのがきっかけで、全16巻を夏休み中に読破しました。それから、地元の小さな本屋さんに通うようになって、「歴史小説」の棚から次々に本を買っていきました。それがどんな棚だったか、いまでも鮮烈に覚えているぐらいです。

「きのしたブックセンター」の売れ筋は何なのか。

今村 ありがたいことに、こんなご時世でありながら、雑誌が主力商品になっているんです。箕面は比較的余裕のある世帯が住んでいるせいでしょう。それに店を引き継ぐ前から「文芸書は売れない」と言われてきましたが、このところ売れ過ぎなくらいになっています。店員がお客さんの好みをうかがい、「誰々さんの新刊、来月出ますよ」と声がけをしたり、お客さん一人一人に寄り添う「本のコンシェルジュ」になると、「昔、小説読んでたけど、もう一度読んでみようかな」みたいなお客さんが出てきたりもします。

 実は、本屋を経営することって、作家としてプラスになることも結構多いんですよ。市場を理解できる。書店さんたちの苦しみを肌で感じることができる。いま作家は自分が生き残るだけで精一杯だから、出版業界全体のことまで考えられないのは当然だと思います。けれど、僕は全体のことを考えたい。

 どうすれば本屋が生き延びられるのか、正直、答えは見つかっていません。

 今村翔吾は22年1月、『塞王(さいおう)の楯(たて)』(集英社)で第166回直木賞を受賞後、記者会見で「今年中に47都道府県の書店にお礼に回りたい」と語る。

 その年の5月から9月にかけて、全国から募集した書店や学校など271カ所を訪問する「今村翔吾のまつり旅」を行った。

今村 作家として本屋さんに恩義を感じてきたから、「街の本屋さん」を盛り上げたい。さらに、僕自身の見聞も広めたい。そう思って、本屋さんからのオファーは一切断らず、人口が二千人を切るような村にも、石垣島にも行きました。図書館はあるけど、最寄りの本屋までは車で2時間、みたいな町も立ち寄りました。そういう場所を知ると、「リアル書店で本を買ってくれたら嬉(うれ)しい」なんて軽々しくは言えないなと感じましたね。

 一口に「街の本屋さん」と言っても多種多様です。北海道にはホームセンターみたいに巨大な書店があり、山口県長門市には4坪ぐらいの小さな本屋さんがありました。そこは棚がなくて、地元の人たちの注文を承って販売する本屋さんなんです。僕がド肝を抜かれたのは和歌山県串本にある本屋さん。本屋との仕切りがないまま、4分の1がトルコ料理屋さんなんですよ(笑)。なかには40年間書店を営んでいて「初めて来た作家が今村翔吾だ」という街の小さな書店さんもあって、すごく喜んでくれました。

落合博氏
落合博氏

 地域社会から書店再興を考える

 今村は「まつり旅」の中で、書店が生き延びられるヒントを見つけられたのだろうか。

今村 各地で色々な本屋さんを見ながら、「次世代の本屋はどうなるか?」と考えるようになりました。多分、大手のチェーン店は無人でコンビニ式の本屋をやろうと、既にもう動いているんじゃないかと思うんです。それはそれで、ないよりは絶対あった方がいいと思います。

 僕ならば、実現可能性はひとまず措(お)いて、ヤクルトレディさんみたいな本屋のかたちはできないかとお風呂に入る時に考えたりしています。田舎の余っている倉庫を拠点に、地域の人に本をお勧めできる人材が、お年寄りの家に本を配達する。同時に健康も見るし、お弁当の宅配もする。人件費は時給換算でなく委託制にして売上の歩合で支払う。そうすれば、空いている時間に勤めてもらえるだろう、とか。そうやって、コミュニティについて根本から考え直せば、地方の小さな村にももう一度本屋を再建することができるかもしれない。

 いま、書店、そして出版の危機が叫ばれていますが、現在も10代の読書人口の数は落ちていないんですよ。働き始めるとみんな本を読む時間がなくなるんです。じゃあどうやって読書からの離脱を防げばいいのか。それには、もう離脱したくなくなるまで、18歳までの人たちを本にドハマりさせるしかないんじゃないか。そこが勝負だと思っています。そうすれば、たとえ一度読書から離れたとしても「やっぱり本だよね」とカムバックする子も出てくるでしょう。

 実際に「きのしたブックセンター」で来年以降、子どもたちに本の楽しみ方を行動でお伝えしたいと考えています。

 たとえば学校の生徒に千円の図書カードを渡して、一組目は街のA書店、二組目は街のB書店と決めて「作家と一緒に本を30分間で選びましょう、よーいスタート!」とやってみるとか。本が揃(そろ)ったら、なんでこの本を選んだのか、みんなで意見を言い合う。そこで生徒さんたちに「もし、つまらない本を選んだとしても、それもひとつの経験値であるから本を選ぶ嗅覚は高まっていくよ」みたいな話をしたいんです。こんなことを実行すれば本屋、作家、子どもたち、すべてのためになるはず、と考えているところです。

 これからも僕は、作家活動は絶対に守りつつ、「本屋の再興」のための活動家、運動家でありたいなと思っています。実際動いていると「僕の話を聞いてください」とたくさんの方々から知見が集まってくるんですよ。そこから新しい問題が見えてくる。SNSで「書店をどうにかしなければ」と嘆いていても仕方がない。立ち止まっていたら、10年後に本屋は滅びてしまいます。

独自の選書でお客さんとつながる「Readin' Writin' BOOKSTORE」
独自の選書でお客さんとつながる「Readin' Writin' BOOKSTORE」

 なぜ本屋がなくなったかを見据える

 もう一軒、時代の趨勢(すうせい)にあらがう反骨の書店を紹介したい。

 東京・浅草の隣町、田原町にある、材木倉庫を改築したモダンな書店「Readin, Writin, BOOKSTORE」である。店主の落合博は元新聞記者。6年前、定年間近の58歳の時、思い立って本屋を起業した。本棚には、フェミニズム、戦争、差別、トランスジェンダーなど先鋭的なテーマの本が並ぶ。落合はどんな思いで本屋を作ろうとしたのか。

落合 ウチは、誰もが面白いと思える本屋ではないと思います。「僕がいいと思う本、読みたい本」を仕入れて、長い時間をかけて売っていくスタイルなんですよ。買い取りだから返品はありません。

 芥川賞や直木賞などニュースになるような本は大型書店で買えばいい。僕には「行列のできる店には並ばない」というポリシーがあって、大きい本屋さんでは出会えないような本を選んでいます。小さな出版社の書籍フェアも毎月やっています。ライターの朝山実(じつ)さんに訊き手になってもらって、6月は『芝浦屠場千夜一夜』(青月社)の著者の山脇史子さんを、8月には『ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒』(文藝春秋)の島﨑今日子さんをお呼びしました。コロナ禍でオンラインを始めてから参加者が増えましたね。

 また、イベントだけでなく、僕がもともと新聞記者だったので、自分のやったことを振り返りながら自分流のライティングの個人レッスンも行っています。

 地元に住んでいるお客さんだけでなく、ネットや雑誌の記事を見て、遠くから来てくださるお客さんもたくさんいます。

 いま、メディアが取り上げるのは「街の本屋が衰退している」という現象ばかりじゃないですか。ならば、個々の本屋さんがどうしてなくなってしまったのか、それをちゃんと見据える必要があると思います。取次に配本を任せきりで、売れ筋のコミックと新刊書籍と文庫本が配本されてきて、他店と変わり映えしない品揃えの本屋さんが潰れているのではないでしょうか。ウチも潰れるかもしれないけれど、取次に頼らず、自分が売りたい本を自分で選んで、その本を本当に求めているお客さんにお届けしたい。お客さんが欲しがる良い本を先取りし、求められる店にしていくしかないと思っています。

 発行部数が千部の本と、数百万部のベストセラーと、どちらの価値が高いと思いますか? 京都の書店で、出版もされている誠光社の堀部篤史さんがおっしゃっていたのですが、本を千部刷って、全国の百書店に十部ずつ卸して、全部売れると書き手もデザイナーも写真家も印刷屋も全員に利益が配分できる、そういう小さなサイクルの本造りでいいんじゃないか、と。そうだよなあと思うんです。だって、何百万部も刷って、配本して売れないと返品されて、最後は断裁処分にされるなんて、もったいないじゃないですか。少部数の本が読みたい少数の読者に確実に届く。その売り場になる本屋が全国にあればいい。実際にこの5、6年、そういう独立系の本屋さんが全国各地で飛躍的に増えています。千葉・幕張の「本屋lighthouse」、群馬・高崎の「REBEL BOOKS」、神奈川・大船の「ポルベニールブックストア」とか。僕は、本を顔の見える読者の方へ、確実に届けることがなにより大事だと思うんですよ。

 デバイス(情報端末)の進化によりデジタル書籍のクオリティとシェアは上がるだろう。物流業界の2024年問題によりコンビニは紙の本を置かなくなるかもしれない。しかし、今村翔吾のように「仮に本屋が滅びるにしても、一分でも一秒でも延ばしてやりたい」と思う作家や本屋や政治家、そして読者がいる限り、紙の本と街の本屋は必ず生き延びる。

いまむら・しょうご

 1984年京都生まれ。作家。書店経営者。2018年『童神』(単行本は『童の神』と改題)で角川春樹小説賞受賞。2020年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞受賞。2021年「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞受賞。同年大阪・箕面市で「きのしたブックセンター」をリニューアルオープン。2022年『塞王の楯』で直木賞受賞。

いとう・あきひこ

 1960年生まれ。作家。映画史家。映画史に独自の光を当てるとともに、俳優、作家、職人などの人物ルポルタージュにも定評がある。著書に『映画の奈落ー北陸代理戦争事件』『無冠の男ー松方弘樹伝』『最後の角川春樹』、最新刊は『仁義なきヤクザ映画史』

「サンデー毎日9月24日・10月1日合併号」表紙
「サンデー毎日9月24日・10月1日合併号」表紙

 9月12日発売の「サンデー毎日9月24日・10月1日合併号」には、ほかにも「ジャニーズ『性加害』問題の本質は何だったのか! ジュリー社長辞任、東山紀之新社長で何が変わる 日本社会の〝宿痾〟 これは『一企業』だけの醜聞ではない」「本誌連載『ヒロイン』出版記念対談 門脇麦(俳優)×桜木紫乃(作家) ヒロインを生み出すクリエーター同士の白熱対談」などの記事も掲載しています。

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