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本誌連載『ヒロイン』出版記念対談 門脇麦×桜木紫乃 ヒロインを生み出すクリエーター同士の白熱対談

『ヒロイン』(毎日新聞出版)
『ヒロイン』(毎日新聞出版)

 表現とは、演じるとは、個性とは…

 公開中の映画「ほつれる」でヒロインを演じた門脇麦さんと、このたび単行本となった小誌連載小説『ヒロイン』を書いた桜木紫乃さん。演じ手と書き手という違いはあれど、〝ヒロイン〟を生み出すクリエーターという切り口から見えてきたのは、表現とは、個性とは、というお二人の根幹にある思いでした。

門脇麦さん(以下、門脇) 「ほつれる」のヒロイン・綿子は、なんとなく気持ちはわかるんですけど……あんまり共感できるところはないんです(笑)。

桜木紫乃さん(以下、桜木) 子どもを置いて家を出る母親を演じた「渇水」の時も、そう言ってらした。

門脇 そうですね。もともと、役になりきったとか、役を生きたとか、そういう感覚は基本的にゼロ。ヒロインって、受け身のことが多いですよね。周りがいろんな影響を与えてくれるので、演じる時はできるだけ色を付けないようにしてます。

桜木 わたしも視点人物はフラットに描きます。カルーセル麻紀さんをモデルにした『緋の河』と『孤蝶の城』は、その世界のパイオニアを描くために能動的な人物にしたけど、他の作品は脇役を濃くすることで主人公が前に進むように。門脇 素人みたいな質問なんですけど、小説は、最初に全体の構想を考えてから書き始めるんですか?

桜木 常に、明日何を書くかわからない状態ですね。次、どこに流れていくか……。

門脇 「終わりはこうかな」と思っても、違う方向に行ったり?

桜木 連れて行ってもらう、かな。

門脇 ああ、わかる気がします。演技もそうですけど、文章も丸ごと自分が出ますよね。恥ずかしいっていう感覚はありますか?

桜木 あります。渋谷のスクランブル交差点を裸で渡ってる感じ。

門脇 そうですよね。わたしも演じるのは恥ずかしいです。

桜木 だからこそ、ちゃんとやらないとって。中途半端だと、恥ずかしいだけで終わっちゃう。

門脇 小説って、自分のことを書いているわけじゃないのに、でも、読めばわかってしまう。演技も同じで、カメラの前にぱっと立って1秒映っただけで、その〝重さ〟みたいなものは伝わるんですよね。

桜木 全部ばれます。俳優さんも作家も、表現という点では同じことやってますよね。

門脇 でも、俳優は「書いてあることを言うだけ」だから。ゼロから生み出すのとは大変さが違って、そういう意味では楽している……。

桜木 それは、楽とはちょっと違うでしょう(笑)。

門脇 本とか歌とか、ゼロから作る人に憧れますもん。映画だったら、監督は何年も前から脚本を書いて、スタッフを集めて準備して、キャスティングしようっていうところで役者が入っていく。船が出航する時に「わたしも乗ります!」って。それはちょっと寂しかったりもするんですよね。

門脇麦さん
門脇麦さん

無駄を削いで見えてくる〝骨格〟

桜木 書いてあることを言うだけって言うけれど、指示されたことがきちんとできるのは力があるってこと。以前、演歌を作っている人に聞いたことがあるんですけど、マイクを口に近づけたり遠ざけたりして歌うのは、声の調節ができない人なんですって。できる人は、マイクの位置を変えずに声の出し方やボリュームをコントロールできる。指示されたことができる人は、あえて崩すこともできる。崩さないとできない人とは違いますよね。

「ほつれる」はとてもいい映画で、余分なシーンが一つもなかった。かなりの量の撮影をして削ったと思うんですが、体感として何割くらい使われていますか?

門脇 撮ったシーン、全部使われてます。

桜木 えっ!? ホントに?

門脇 撮影前に、2週間リハーサルしたんです。舞台稽古(げいこ)みたいに。その間にミリ単位で芝居を精査した状態で撮影に入ってます。

桜木 すごいね。脚本も監督が書いてるでしょ。手練(てだれ)の芥川賞作家みたい(笑)。

門脇 加藤拓也監督って普段は舞台演出をしていて、わたしより一つ年下なんです。煙(けむ)に巻くようなしゃべり方で多くを語らないんですけど、人間関係のもやっとした部分を描くには、夫婦か恋人関係しかないんですって。逃げられない関係で、向き合わないといけないから。

桜木 人間が描きたくて「ほつれる」を撮ったんだ。結婚していて別の人と付き合うのはよくある設定だけど、だからこそ削(そ)ぎ落とせたのかもしれない。

門脇 そうかもしれません。こういう素晴らしい脚本とか小説に出会うと、「わたしの演技を見ないで、本を読んでほしい」と思っちゃう。

桜木 そうなの?

門脇 演技とかで色付けしない方が、伝わるんじゃないかって。

桜木 門脇さんは〝引き算〟の人なんだ。

門脇 自分として何かを足してるつもりはないので、自覚はないんですけど、顔とか居住まいで〝門脇麦〟色が濃く出ちゃうみたいで。それは気をつけてます。

桜木 存在感があって、翳(かげ)のある役を得意としてる印象があるけれど、そういう役のオファーが多い?

門脇 そういう役で、「門脇麦が〝門脇麦してる〟」って言われるんです(笑)。

桜木 〝門脇麦節〟みたいなね。でも、出演作品を思い返すと、やっぱり門脇さんにしかできない役だったと思う。

門脇 翳のある役も明るく楽しい役も同じようにやってるんですけど、見てる人は「門脇麦っぽい」って思うみたい。そもそも、何をしてても門脇麦なのに(笑)。

桜木 そうか、門脇さん自身は演技の点では透明なんですものね。

門脇 桜木さんは〝桜木節〟って言われることありますか?

桜木 言われますね。どれが〝節〟だかわからないけど。そう言われないように、毎回違う話を書いているし、まったく違う人を描いているんだけど、なぜかね。文体なのかな。変えようのない文章のスタイルと、「これを書いたら気持ち悪い」「こんな表現はイヤ」っていうところを削っていくと〝節〟が出ちゃうのかな。

門脇 無駄なところをどんどん削っていくと、骨が見えるから。

桜木 なるほど! 骨格ね。贅肉(ぜいにく)を削いで、無駄なものを足さないようにしていくと、骨格が見えてくる。それが〝節〟なのかもしれない。

桜木紫乃さん
桜木紫乃さん

 〝演じる〟ではなく〝なりすます〟

門脇 ずっと小説を書いてこられて、行き詰まったことはあるんですか?

桜木 10年くらい前、更年期の時かな。自分らしさがなくなって、ひどい時期でした。直木賞をいただいたんですけど、夫が仕事を辞めて、子どもが社会人になって巣立っていって。全部が重なってすさんでました。

門脇 そういう時は、筆が進まないんですね。

桜木 そう、きれいなものがきれいに見えないから。そこから脱したと気づいたのは、朝、台所で水を流したら朝日が差し込んで、水の流れがきれいに見えた時。ああ、トンネルを抜けたと思った。それからは書きたいものが次から次へとあふれてます。門脇 すごい経験ですね……。書く時の感情のベースは、喜怒哀楽のどのへんなんですか?

桜木 書いてる時は喜怒哀楽のどれもないです。ただ、本が出版される時は怖い。本が出来上がって、できればこのまま本屋さんに並ばないでほしいくらい(笑)。俳優さんは、映画の公開時はどんな気持ち?

門脇 映画のイベントにお客さんが一人も来なかったらどうしようっていう心配はあります。あと、舞台挨拶(あいさつ)も怖いです。

桜木 仲のいい映画監督に、「門脇麦の作品は、何から見ればいい?」と聞いたら「愛の渦」と。あの時、二十歳そこそこでしたよね? 書き手も同じだけど、初期の作品にその人が全部出るのはなんでだろう。一生懸命だからかな。

門脇 「愛の渦」のわたしは、すごく純度が高くて。経験を重ねていく中で、身のこなし方とかわかってきてしまうじゃないですか。一番いらないんですけど。だから、そこから逃れて純度の高い自分を持ち続ける努力は、ずっとしています。「愛の渦」のわたしをいいと言ってくださった方が、そのエッセンスをなくしていないと言ってくださるのがいちばん安心します。

桜木 なくしていないっていうか、化け続けているなあって。こうして話していて思うんだけど、門脇さんは表現しているように見せないことが最大の武器なんだと。

門脇 この世界に入ったのは、演技じゃないような演技をしたいと思ったからなんです。「演技じゃない演技」って何だろうってずっと考えてました。

桜木 すごくいい言葉を思いついた! 門脇麦は演じているのではなくて〝なりすましている〟。〝演じる〟と〝なりすます〟は違うから。

門脇 確かに。主役のときは〝なりすまして〟ます。脇役の時は〝演じて〟ますね。

桜木 ヒロインになりすます――。演じるじゃなくてね。それって新しい。

門脇 わたしにぴったりな言葉です。「演技してない」って言うと「またまた」って言われるので。〝なりすます〟ですね、ホント。

 桜木さんの『ヒロイン』には、すごくバレエの要素が入ってましたよね。わたしもずっとバレエをやってたからよくわかります。

桜木 間違ってなかった?

門脇 ぜんぜん。わたしも主人公の啓美(ひろみ)みたいに、バレエでさんざん苦しんできましたから。食事のこととか。

 〝飛び出してしまう〟のが個性

桜木 食事制限は大変だった?

門脇 大変でした。中学生の時は、朝野菜スープを飲んで、お昼は野菜スープとベーグル4分の1、夜はエネルギーチャージのゼリーだけ。

桜木 毎日?

門脇 はい。レッスンがない日はないので。

桜木 気持ちがすさんじゃうよね。

門脇 ストレスがたまって、夜中にバターに砂糖をまぶして食べたりしていました。

桜木 うわー、それ書いたらもっとリアルだった(笑)。追い詰められると、人はとんでもない選択をしますよね。バレリーナから聞いたのは、舞台に立ってスポットライトを浴びている時間なんてほんの一瞬で、毎日の訓練や稽古の方が大事。人に見られることを過剰に意識すると計算が入ってしまうから、計算のない子しかプリマになれないと。『ヒロイン』の中で「芸術は計算と相性が悪い」って書いたんですけど、本当にそうね。

門脇 バレエって教科書的な美しさがありますよね。つま先もひざも真っすぐ伸びていて、アラベスクだったら手を90度のちょっと上くらいに伸ばすのが美しい形。毎日お稽古してお手本通りの形に近づけるのは、その方が個性が出るからなんです。枠から〝飛び出す〟のが個性という考え方もあるけれど、枠から〝飛び出してしまう〟のが個性なんだって、小学生のころから思ってました。

桜木 意識しなくても、否応(いやおう)なしに表れてしまうのが個性。

門脇 全員ジーンズと白いTシャツでバーッと並んだ方が、その人の個性が出ると思います。

桜木 その人自身が見えてくるってことね。主人公を演じる時は色付けしない、色を付けるのは脇役っていう話と通じますね。ああ、『ヒロイン』を書く前に会って話したかった。でも、書かないと会えなかったしな(笑)。

門脇 今お会いして、〝なりすまし〟って言葉をいただけてよかったです。

桜木 わたしの小説もいくつか読んでくださっているって聞いたんですけど、演じてみたいのはありますか?

門脇 『ラブレス』です。

桜木 本当に!? うわあ、聞いちゃった(笑)。

門脇 10年、20年と一人の人物を追った映画を作ってみたくて。桜木さんの小説ってそういうのが多いじゃないですか。あるシーンを切りとることで描かれていない前後の物語が見えてきたり、風景を描くことで別の何かが見えてきたり。土地と時代のにおいが漂ってくるところが好きです。

桜木 ありがとうございます。自分が表現したいものだけを書いてきたけれど、それでよかったんだと、改めて思いました。

(構成/本誌・佐藤恵)

かどわき・むぎ

 1992年生まれ、東京都出身。2011年、ドラマでデビュー。14年「愛の渦」などで第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞を受賞。「二重生活」で映画単独初主演を務め、「あのこは貴族」「渇水」など出演作が続く。主演映画「ほつれる」が公開中

さくらぎ・しの

 1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、単行本『氷平線』でデビュー。13年『ホテルローヤル』で直木賞、20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。『砂上』『緋の河』『孤蝶の城』など著書多数

「ほつれる」

 監督・脚本:加藤拓也 出演:門脇麦、田村健太郎、染谷将太、黒木華ほか。東京・新宿ピカデリーほか全国公開中

『ヒロイン』

桜木紫乃著(小社刊) 無実の罪で17年間逃亡を続けた女性の壮絶な半生を描く。本誌に約1年にわたって掲載された人気連載小説を書籍化。9月15日全国書店にて発売

「サンデー毎日9月24日・10月1日合併号」表紙
「サンデー毎日9月24日・10月1日合併号」表紙

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