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福島の「献上桃」事件 皇室のブランド力も背景に 社会学的皇室ウォッチング!/85 成城大教授・森暢平

東北本線JR桑折駅には、「献上桃の郷」ののぼりがはためいていた
東北本線JR桑折駅には、「献上桃の郷」ののぼりがはためいていた

「献上桃」事件とは、東大農学部客員教授を名乗る農業園芸コンサルタント加藤正夫容疑者(75)が、福島市飯坂町で桃を栽培する男性に皇室への「献上」を依頼した出来事である。加藤容疑者は、「お礼」として「皇室献上桃」などと記した木札を農家に贈った。福島市は一時、この木札の写真を「道の駅ふくしま」に掲げてPRした。福島県警は8月17日、実際に時価約1万6500円相当の桃4箱をだまし取った容疑で加藤容疑者を再逮捕した。

 加藤容疑者の「余罪」はほかにもある。

 神奈川県小田原市では、みかん農家が「皇室に献上しないか」と持ちかけられ、計11㌔のみかんがだまし取られた。小田原市は、この「献上」農家から表敬訪問を受けた市長のコラムをホームページに掲載していた。茨城県筑西市の農家もトマトやスイカなどの「献上」を持ちかけられ、同市も「献上」の事実を広報紙に掲載した。北海道東川町でも2021年9月、同町のコメが献上米に認定されたとして、「献上米生産地」と書かれた木札が渡されていた。同町では22年1月26日、認定記念式典が行われ、全町民に「東川米ゆめぴりか」1合が贈られた。だまされた農家の皆さんのショックは大きいだろう。

皇室に献上するビワを恭しく掲げて歩く農協職員(1952年6月、千葉県富浦町〈現南房総市〉で
皇室に献上するビワを恭しく掲げて歩く農協職員(1952年6月、千葉県富浦町〈現南房総市〉で

 献上という名誉

 そもそも、「献上」とは何であろうか。農産物の「献上」は、全国から多数に上る。例えば、今年6月5日、千葉県のJA安房富浦支店で、「房総びわ」を「献上」するための選果式が行われた。南房総市や周辺の8組合から寄せられたビワが木箱に詰められ、千葉県農林総合研究センター暖地園芸研究所などの8人が形や色つやなどをチェックした。審査員たちは、品質の向上に努める生産者の熱意を感じながら選果を行ったことだろう。房総ビワの献上は1909年以来の伝統である。左の写真は1952年のビワ選果式の様子だ。白いマスクをかけた職員たちが厳正に審査をし、昭和天皇、香淳皇后、皇太子(現・上皇)に贈るビワを選んだという。

 同じように、静岡県森町では、地元特産「次郎柿」の献上が伝統である。明治天皇が静岡に泊まったときに食べて気に入り、1908年から「献上」が始まった。直近では昨年11月7日、同町の町民生活センターで出荷作業が行われた。表面に傷がないかなどがチェックされ、形のいい160個が一つずつ包装され、桐(きり)の箱に収められた。「献上」は名誉だから、仰々しい包装や儀式が必要なのである。

 福島県からの桃献上は、1979年に始まったが、当初は、今回詐欺事件の舞台となった福島市飯坂町の桃が献上されていた。さまざまな理由があり1994年からお隣の桑折(こおり)町のものが贈られるようになった。桑折町は2016年、「献上桃の郷」の商標登録を申請し認められた。町内のあちこちには「献上桃の郷」ののぼりが見られ、ロゴマークも作られた。「献上桃」を前面に打ち出した町づくりが行われているのだ。

「献上桃事件」の背景、つまり、まんまとだまされてしまった理由には、「献上」の名誉を桑折町に「奪われて」しまった福島市飯坂町の桃生産者の忸怩(じくじ)たる思いもなかったとは言えないだろう。

 福島県は、東日本大震災と原発事故によって、一時期、名産の果物が出荷停止となり、その後も風評被害に悩まされてきた。そうしたなかブランド力向上を目指す取り組みは評価すべき面がある。

「献上」には、皇室と人々との繋がりの確認という意味もある。埼玉県立熊谷農業高校では毎年、生徒が育てたスズムシを献上する。珍しい非営利の例で、生徒たちは純粋に皇室の皆さんに秋の音色を楽しんでもらおうと思いながら飼育作業に当たっているに違いない。

 農産物は規制外

 一方で、「献上」がブランドになり、それがビジネスに利用されると、皇室の公平性という意味で問題が生じる。例えば、隣接するA町とB町があり、A町だけが「献上」の栄誉を得て、それによってA町の農産物が人気となり、逆にB町の商品が売れなくなる事態も想定される。

「献上」という行為は、単なる善意だけで成り立つわけではない。「献上」によって自らの箔(はく)が付き、それによる経済効果を期待する構図はある。実際、世の中には「献上品」「皇室御用達(ごようたし)」を名乗る商品が無数にある。

「献上」という言葉は多義的であり、さまざまな例がありうる。地方行幸啓のとき、一度だけ皇族に買っていただいたことだけで御用達を名乗る例さえある。

 さらに、都道府県から宮内庁総務課を経る正式ルートだけが「献上」ではないところが複雑である。宮内庁総務課(オモテ)ではなく、侍従職(オク)が直接受け取ることもある。例えば、天皇が興味を持ちそうな書物を書いたので差し上げたいなどの申し出があり、受け取る場合もある。そうしたルートはある意味ブラックボックスである。

 そもそも、憲法第8条によれば、皇室が財産を譲り受ける(「献上」を受ける)場合、国会の議決に基づかなければならない。しかし、皇室経済法は年度の献上額が一定額に達するまでは議決は不要とし、皇室経済法施行法が額を定める。その上限額は、天皇ご一家(天皇ご夫妻、上皇ご夫妻、愛子内親王)の5人で600万円である。つまり、600万円までだったらご一家は国会の議決を経ずして贈り物を受けることができる。こうした厳しい規制は、皇室への財産集中や、特定の個人・団体との不適切な結び付きを防ぐ目的がある。

 しかし、実は、農産物の「献上」は、実際の運用上、600万円にはカウントされていない。ある意味、農産物であれば、いくらでも受け取れる運用になっている。そのために都道府県を通じてという建て前があるのだが、「献上」が特定の個人・団体と皇室を結び付けてしまう効果はある。桑折町のように近年、「献上」を前面に打ち出し、皇室のブランド力を利用する傾向さえある。

 加藤容疑者の詐欺の目的ははっきりしない。ただ、「皇室ブランド」をめぐり、農家の皆さんの名誉や自尊心が絡むなかでの事件だとは言えるだろう。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日9月17日号」表紙
「サンデー毎日9月17日号」表紙

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