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週刊エコノミスト Online 2024年の経営者

がん治療の変革で世界に貢献――奥沢宏幸・第一三共社長

Photo 武市公孝:東京都中央区の本社で
Photo 武市公孝:東京都中央区の本社で

第一三共社長 奥沢宏幸

おくざわ・ひろゆき
 1962年生まれ、埼玉県出身。県立熊谷高校卒、一橋大学社会学部卒業。86年三共(現第一三共)入社。アジア、中南米諸国などの新興国の地域医療貢献を目的とした事業部長やプレジデントを経て、21年常務、22年専務、23年より社長兼COO(最高執行責任者)。62歳。

 Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)

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── 主力のがん治療薬「エンハーツ」の販売が好調で、2024年3月期の連結売上高は1兆6016億円と過去最高でした。

奥沢 21年度からの5カ年計画における4本柱のうち第一の柱が、エンハーツを含む「ADC(抗体薬物複合体)」というプラットフォーム技術を使う3製品の価値の最大化、第二の柱が既存製品、既存事業の利益の最大化です。二つが好調な業績をけん引しています。

 ADC3製品のうち、トップバッターとして20年に発売を開始したのがエンハーツです。当初の見立てを上回る伸びで、23年度のグローバルでの売上高は3959億円。今期は5084億円を見込んでいます。ADCとは別の基幹製品である循環器領域が対象の抗凝固薬「リクシアナ」も23年度は2877億円と成長しています。

── エンハーツの強みは?

奥沢 現在、承認を獲得した国・地域は50を超えます。英アストラゼネカと共同開発、共同販促を進めています。強みを一言でいうと乳がん治療に変革をもたらしたということに尽きます。患者の「HER2」というたんぱく質の発現量をもとに、治療の対象を広げてきました。最初はHER2が多く発現する「陽性」患者の3次治療として承認を取得しました。

 その後の臨床研究で2次治療や、「低発現」の患者への治療など対象が拡大しました。胃がんや肺がんなど、治療できるがんの種類の拡大も進めています。米国では4月、HER2が過剰に発現している固形がんであればがんの種類を問わず使える横断的な承認を取得し、これも画期的でした。

── 準備中の製品も紹介してもらえますか。

奥沢 エンハーツ含め発売ないし臨床試験中のADC製品群は七つです。2番手、3番手と見込まれているのが「Dato-DXd」と「HER3-DXd」という、乳がんや非小細胞肺がんに対する製品です。前者においては日米欧にて申請中で、米国では、肺がんに対してが12月20日、乳がんは来年1月29日に審査の完了予定日が規制当局から通知されています。

 7製品中五つはアストラゼネカや米メルクと戦略的提携を結んでいます。当社はがん領域では新参者。彼らの臨床研究におけるネットワークや、各国の規制当局とのやり取りの経験を有効活用できます。もちろん自社開発も進めます。

ボトムアップで提案

── 高い開発力の裏には、多くの研究開発費投下がありますか。

奥沢 売上高に対する研究開発費の比率は25%前後で、それだけの価値があると考えています。7製品全てが当社の研究所が創生したもので大変誇らしいことです。

 当社の最大の強みは「サイエンス&テクノロジー」。研究員一人一人がボトムアップで自分の研究テーマを提案でき、研究所幹部は侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をします。一方、歴代経営者は、毎年の業績変動に関わらず一定の投資を継続し、細かいところに口は出しません。経営側と研究所の間でトラストとリスペクトがあり、今日の成功につながっています。

── エンハーツのような革新的な製品を開発しても、特許切れという製薬業ならではの宿命もあります。どのように経営に臨んでいますか。

奥沢 収益を生んでいる事業をより深く掘り下げると同時に、新規事業を探索するという二つを並行する能力が必要です。当社としては、循環器の領域が大きな成熟期を迎え、崖を迎える前に、がん領域で大きく成功を収めつつあるという非常に良いつながりで事業領域を変えられています。さらに新しいがん事業を深掘りしつつ、新規事業も探索していきます。

── 新型コロナウイルスに対するメッセンジャーRNA(mRNA)技術を使った初の国産ワクチン「ダイチロナ」も開発し、今年9月に発売しました。

奥沢 以前から当社もmRNA技術は研究をしており、コロナ禍に緊急で社内プロジェクトを立ち上げ、短期間での承認につなげました。日本の公衆衛生、安全保障に少なからず貢献できているのではないかと思っています。

── 海外展開の戦略は?

奥沢 医療用医薬品市場に詳しい研究所の予測では、24年からの5年間における日本市場の年平均成長率はマイナス2%~プラス1%と見込まれています。一方で世界全体ではプラス6~9%程度。グローバル企業としての成長を考えると、必然的に日本市場だけでは厳しい。23年度の海外売上比率は62.5%ですが過渡期の数字と捉え、より高まると思っています。

 直近では中南米のコロンビアやメキシコに営業拠点を設け、世界で展開する国や地域の数は32となっています。マーケティングや販売拠点となり、機能や組織の拡充をしています。開発のパイプラインでも、グローバルな臨床開発を進めるために、欧米を中心にアグレッシブに増員しています。

(構成=荒木涼子・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 2008年のインドの製薬会社買収で実務メンバーとして軌道に乗せようと努力しましたが、まったく実現せずに撤退しました。ビジネスパーソンとしても大きな挫折でした。

Q 「好きな本」は

A ヤマト運輸育ての親の名を冠した『小倉昌男 経営学』です。サービスが先、利益が後という言葉で社員を導き、大成功させていて尊敬しています。

Q 休日の過ごし方

A 還暦で始めたゴルフで気分転換と体力の維持増進を心掛けています。


事業内容:医薬品の研究開発、製造、販売

本社所在地:東京都中央区

設立:2005年9月

資本金:500億円

従業員数:1万8726人(24年3月末現在、連結)

業績(24年3月期〈IFRS〉、連結)

 売上高:1兆6016億円

 営業利益:2115億円


週刊エコノミスト2024年11月26日号掲載

編集長インタビュー 奥沢宏幸 第一三共社長

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