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がんばれ本屋さん/上 「知は街にあり」 角川春樹×齋藤健・書店議連幹事長 本誌の入魂キャンペーン 伊藤彰彦

東京・紀伊國屋書店新宿本店
東京・紀伊國屋書店新宿本店

 知と出会い、物語に触れ、情報にたどり着く場所であった街の本屋さんが、メディア環境の変化のなかで、消えつつある。危機感を抱いた出版界の風雲児・角川春樹氏と、本を愛する政治家・齋藤健法相が、本屋再興は人間復権だと言って立ち上がった。現代の知性と人間性はどこへ向かうのか?

 角川「本の復権は人間の復権」

 齋藤「ボクは〝原敬〟と書店で出会った」

 この春、ロンドンに行った。地下鉄に乗ると、乗客は誰もマスクをせず、思い思いに新聞を開き、ハードカヴァー書籍を読み、携帯を見ていた。書店のチェーン店「FOYLES」は21時の閉店まで賑(にぎ)わっていた。帰国し羽田から京浜急行に乗ると、コンパートメントの全員がマスクをし、スマホを眺めている。日本が極端なデジタルシフトにより社会を画一化させ、電子書籍やネット販売が紙の本や街の本屋を駆逐しつつあるような印象を持った。

『週刊朝日』が5月に休刊し、「書店員の聖地」と呼ばれた鳥取の「定有堂」が4月に、名古屋の「ちくさ正文館書店本店」が7月に閉店した。大阪鶴橋の「高坂書店」、さいたまの「ブックスページワン宮原大宮店」が8月で閉店し、全国の街から書店が消えつつある。

 私は正文館に中学時代から通っていた。店の品揃(ぞろ)えと、店長の古田一晴と客が交わす会話に知的好奇心をくすぐられた。ジャンル分けがなく、哲学、思想、文学、美術、映画、音楽の本が独自の配列で並ぶ正文館の本棚は「古田棚」と呼ばれ、全国各地の書店員が見学にやってきた。

 どうして閉店を余儀なくされたのか。古田に訊(き)いた。

古田 売上げ減と建物の老朽化のためです。もともとウチは受験生と河合塾を中心とする予備校に支えられてきた。受験生が買う教科書、学習参考書が主な収入源で、それでささやかな売上げの人文系の本棚を維持してきました。しかし、2000年代に入って地元の学生が地元の大学に進み地場産業に就職し始めるんだね。人口移動が少なくなり、予備校の生徒数が現在は20年前の3分の1に激減した。学術書を生徒に薦める名物教師も亡くなられた。80年代から90年代にかけての知の新たな潮流、ニューアカデミズ厶の時代がピークで、それから人文系の専門書はしだいに売上げが落ちていきました。

齋藤健氏
齋藤健氏

 ここ20年間で書店数は半減した

 予備校文化に支えられた書店は正文館だけでなく6大都市に点在した。一方、70年代以降、多くの書店は雑誌やコミックの売上げに依存してきた。しかし、雑誌がデジタル購読できるようになり、かつて雑誌が提供した情報がインターネット上で無料で読めるようになると、2020年の雑誌の売上げは1996年の3分の1に激減。コミックも6割強が電子コミック市場に移行する。

 かつて西武百貨店系洋書店に勤務し、現在は全国の書店を訪ね歩くエッセイストの永江朗(ながえあきら)はこう語る。

永江 明治時代に博文館が総合雑誌『太陽』を創刊して以降、日本の書店は雑誌に依存してきました。デジタル化で雑誌が次第に売れなくなり、雑誌に支えられるビジネスモデルが崩れたんです。雑誌に代わるものとして新書を考えたりしたけれど、雑誌の売上げの減少を補えないのが現在の出版業界の惨状です。

 紙の本の復権のためには、新たな雑誌文化の創出が急務ではないのか。

 現在、全国のおよそ4分の1、26・2%の市町村に書店がない。年間5百軒近い書店が廃業し、80年代には全国で2万5千軒あった書店が現在では3分の1になり、最近20年間に限れば半減した。

 呻吟(しんぎん)する書店を救うため、政治家有志による議論が始まったのが2017年。「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」(書店議連)が設立され、当初40名だったメンバーが現在では議員連盟としては最大規模の154名にまで拡大した。今年5月には第1次提言がまとめられ、政府に提出された。

 会の世話人である角川春樹と、当初から議員連盟の幹事長を務める衆議院議員の齋藤健が対談で語る。

齋藤 発端は角川さんなんです。角川さんから書店の窮状を教えられました。雑誌が売れなくなったこと以外に、Amazonなどのネット書店が送料を無料にし、ポイント還元セールで実質的な値引きをしていることが書店の経営を困難にし、図書館がベストセラーや新刊を複数購入して発売日に無料で貸し出すことが書店に打撃を与え、書店では1%の本が万引きされ、盗みやすい書店がネットに書かれていることなどを知って、僕はものすごい危機感を持ったんです。

 齋藤健は自らの言葉を持つ、現在数少ない政治家と言われる。著作に奉天会戦からノモンハン事件に至る34年間の日本の「転落」の原因を探求した『転落の歴史に何を見るか』(11年)がある。10年以上前の本だが、いまだに問題提起が古びないところに齋藤の歴史的思索の確かさがあり、危機の検証から未来を展望する考え方は、「本屋問題」にも応用できそうだ。

角川春樹氏
角川春樹氏

 本を介せば歴史上の人物と対話できる

齋藤 僕は本屋でたまたま見つけた本を読んで、人生が変わったんです。通産省の官僚だった頃、八重洲ブックセンターに行って山本四郎さんが書いた『評伝 原敬』(上下巻、東京創元社、97年)を何気なく手に取った。八重洲ブックセンターには傷み始めているような本も置いてあって、その本も古い本だったけど、なぜか惹(ひ)かれて買ったんです。それまで僕は原敬に注目していたわけではなく、関心もなかった。けれど、読んでみて、これほどすごい人はいないと衝撃を受けた。それ以降、原敬に関連する本を読み漁(あさ)りました。

 とくに感銘を受けたのが『原敬日記』(福村出版、00年)。政治家の日記は自分がこれをやった、あれをやったという手柄話が多いですが、原の日記には自分の自慢は一切書かれていない。事実に当たっている。政敵・山縣有朋との息詰まるやりとりなどを歴史の証言として書き残している。

 僕は原敬を知って政治家になったわけではなく、官僚からたまたま埼玉県副知事になり、政治の世界に足を踏み入れた時に原敬を読み直し、この人は本当に政治家として傑出した人物ではないかと思った。現在でも2、3カ月に1回は読み返し、いま原敬が生きていたらどういう決断をしただろうかとか、仲間の議員のことをここまで調べていたのかとか、フランス語が堪能で漢籍にも通じていたのかとか、日記の記述を大変参考にしています。とても真似(まね)できないですけれど、原敬をロールモデルとしようと。そこまで指標にする人物と、僕は書店で出会いました。

角川 齋藤さんは原敬に呼ばれたんじゃないかな(笑)。時間を超えて政治家同士の対話が成立している。街の本屋では、そういう人智(じんち)を超えた出会いがあります。デジタルではなく紙の本を通してこそ、作者の思いがちゃんと読者に届くと私は思っています。

齋藤 そう。紙の本だと、たとえば『吾妻鏡』のように鎌倉時代のことが書かれた本であっても、著者と対話ができるような気がします。

角川 私は角川書店の編集者だった頃から本屋さんを大事にし、本屋さんへのプロモーションをやってきました。髙田郁(かおる)さんの『みをつくし料理帖』など、大切な本を出版する時には、本になる前のゲラを持って本屋さんを回りました。

 しかし、現在はもう本屋さんが自助努力では維持できなくなりました。本屋さんが貰(もら)えるマージンは売上げの20%強ですが、光熱費や人件費や返品の送料が高騰する中、30%ないと経営は成り立たない。自社ビルを持っている本屋さんはテナントの賃借料で赤字を埋めている状態です。

 それに日本では「著作物再販売価格維持制度」という全国どこの地域でも同一の価格で本が確実に入手できる優れた仕組みがあります。これを維持しているのが取次店です。しかし、取次の大手である「日販」が6万店のコンビニに配送するトラックの配送料で年間10億円の赤字を出すなど、取次店の経営も厳しく、いつまで持つか分からない状態です。ですから国を挙げて、書店、取次店、出版社を含めた日本の出版文化を守らない限り、早晩本屋は滅びる。そういう危機感があって、齋藤さんに相談しました。

齋藤 最初に角川さんから話があってから、本屋さんから話を聞き、次に取次と出版社に訊いたんですが、政治家なんかにものを頼むのは嫌いという人ばかり(笑)。それに、それぞれの利害が対立していた。そこで角川さんやJpIC(出版文化産業振興財団)の近藤敏貴理事長に業界の取りまとめをお願いし、政治や行政を動かすのは、私が中心でやりました。

 議員連盟は書店を守るために、政府にどのような働きかけをしようとしているのだろうか。

齋藤 海外では書店をその国の文化的な基盤として維持しようという法律や仕組みがあります。例えば、フランス、ドイツ、イギリスでは書籍は軽減税率の対象で税率が低い。フランスではネット書店の配送料無料を禁止するいわゆる「反Amazon法」が14年に制定され、Amazonと書店が同じ条件で戦えるようにしました。韓国では図書館が本を購入する際に、地域の書店を優先し、10%以内の割引で購入することを義務付けています。日本でも書店を維持する取組みを行おうと、例えば、①書店と図書館の連携 ②再販売価格維持制度の厳格な運用 ③新たな事業展開を目指した書店への支援、などを議論し始めています。

出版界の風雲児と書物と書店を愛する政治家は手を携え、どう出版文化を守っていくか
出版界の風雲児と書物と書店を愛する政治家は手を携え、どう出版文化を守っていくか

 街の本屋はかつての「鎮守の杜」だ

「本の復権」は日本の未来をどのように変えていくのだろうか。

角川 「本の復権」は「知の復権」、そして「人間の復権」につながる。先週、ファンド・マネージャーとして活躍したあと、「波多野聖(はたのしょう)」名で『銭の戦争』(ハルキ文庫)などの経済小説や随筆を書いた作家の藤原敬之(のりゆき)が、現在の文化状況に絶望したから、東京を引き払って神戸に帰ると挨拶に来ました。藤原は慶應義塾大学環境情報学部で非常勤講師になり、シャーロック・ホームズシリーズの『緋色の研究』(アーサー・コナン・ドイル著)を読書課題にした。その時、学生から「長過ぎる」と物凄いブーイングがあったそうです。慶應の学生ですら長い小説を読む習慣がなく、抵抗があるんです。このことに藤原は絶望した。

 電子出版を最初に始めたのはアメリカですが、アメリカは一昨年の紙の書籍の売上げが前年の150%になり、LPレコードのリバイバルと軌を一にして、紙の本も復活し始めています。一方、日本では、オンラインで情報を得る便利さに慣れ、本を読む力がどんどん劣化し、思索する能力が衰えています。日本全体がいま、紙と活字に対して否定的に考え始めている。私はこの状況を変えたい。昔、村々にあった「鎮守(ちんじゅ)の杜(もり)」こそが現代の街の本屋です。本屋がなくなればもう街ではない。そこには人間らしい暮らしはない。私はそう思っています。

齋藤 インターネットには自分の関心事に沿ったものが提供される。一方、書店に行けば自分の気づいていないジャンルの本にめぐり合え、世界が広がる。私は決して図書館やネットを否定してるわけじゃない。図書館とネットと書店、この三つが共存共栄する世界――これがあるべき日本の文化の形だと思っています。しかし、書店だけが潰れてゆく。それはよくない。私の人生を変えた書店を、何としてでも守りたいんです。

 出版界の風雲児と、書物と書店を愛する卓越した政治家が手を携え、日本の出版文化を守るために、いま国を動かそうとしている。「書店議連」がいかに本屋という「鎮守の杜」を守り抜くか、固唾(かたず)を呑(の)んで見守りたい。(一部敬称略)

かどかわ・はるき

 1942年生まれ。出版人。俳人。映画プロデューサー。角川春樹事務所代表取締役社長。文学、映画、音楽などを交響させたメディアミックス的発信により、戦後日本に新しい表現を打ち立てた

さいとう・けん

 1959年生まれ。衆院議員。通産官僚、埼玉県副知事などを経て、衆院議員。環境大臣政務官、農林水産大臣、法務大臣などを歴任。人文的素養を持つ政治家として知られる。著書に『転落の歴史に何を見るか』ほか

いとう・あきひこ

 1960年生まれ。作家。映画史家。映画史に独自の光を当てるとともに、俳優、作家、職人などの人物ルポルタージュにも定評がある。著書に『映画の奈落ー北陸代理戦争事件』『無冠の男ー松方弘樹伝』『最後の角川春樹』、最新刊は『仁義なきヤクザ映画史』

「サンデー毎日9月17日号」表紙
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(「サンデー毎日9月17日号」掲載)

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