国際・政治 金融政策
今年のジャクソンホール講演が「無風」だったのは“Good News” 鈴木敏之
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米国経済という飛行機は今、景気後退を避けながらインフレを克服できそうな“黄金の滑走路”をはっきりと視界にとらえている。
パウエルFRB議長に景気軟着陸の自信
米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が8月25日、米ワイオミング州・ジャクソンホールで開かれた金融・経済シンポジウムで恒例の講演を行った。パウエル議長は例年、この場で金融政策について大方の見方を変える決意を語ってきたが、今回は淡々とインフレの見通しを述べただけで済ませた。そうした姿勢からは、これまでの金融政策が妥当であった自信とともに、景気後退を避けながら懸案のインフレを克服し、堅調な雇用と経済成長を維持して景気の軟着陸を目指す明るさを感じさせた。
パウエル議長は就任後初となる2020年のジャクソンホールでは、それまで進めてきた金融政策の戦略のレビューをまとめた結果、インフレ率が一時的に目標の2%を上回ることを容認する新戦略(柔軟な平均インフレ目標=FAIT)を公にする場になった。その問題意識にあったのは、2%目標を厳格に維持してしまうと、2%に近づくだけで金融引き締めを始めることになるため、結果的に2%のインフレ率に到達できなくなることに対応する狙いがあった。
当時の市場では、インフレ率が低過ぎるのが問題と考える見方が支配的だった。統計の性質上、インフレ率が実際よりも高めに出やすい上方バイアスがあることなどを勘案すれば、FRBがインフレ指標として重視するエネルギー・食品を除く個人消費支出(PCE)コアで2%は必要というものであった。そうした中、パウエル議長は2%を維持する枠組みとしてFAITを練り上げ、それを20年のジャクソンホールで世に示したのである。
21年のジャクソンホールでは、新型コロナウイルスのパンデミック(感染爆発)の中、インフレ率の上昇をみたが、それは一時的であるという判断を語った。その根拠を五つ挙げたことで、「ジャクソン5」として記憶される講演となった。今から振り返れば大失態という誤判断であるが、インフレへの懸念が強まる一方でも、パンデミックで経済に苦悩が続く中、過度の引き締めはしないという金融政策運営の最重要判断を語っていたことになる。
“異例”9分弱の短時間
昨年のジャクソンホールの時点では、すでにインフレが過熱してしまった中、FRBは急速な利上げという断固たる姿勢でインフレ抑制に取り組んでいた。ところが、当時の金融市場では、早期にインフレは収まると見切り、FRBも引き締めペースを緩めるとの期待が形成されていた。市場にそうした期待形成があると、金融引き締めの効果は削(そ)がれてしまう。9分弱という議長講演としては異例の短い時間で、インフレ抑制への不退転の決意を伝え、その期待形成を打ち砕こうとした。
パンデミック、ウクライナ戦争、この春の大手銀行の破綻の金融動揺、そして債務上限…
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週刊エコノミスト
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