リーマンショックが鍛えた金融コンディションの強靱さは米中銀の存在感を脅かすか 末広徹
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すでに中央銀行の利上げや利下げの直接的な効果はほとんどない可能性が高い。中立金利の議論から、中銀の役割を再考する必要性が導き出されたが……。
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米国の金融政策の重要な役割を担うニューヨーク連邦準備銀行が8月9~10日に公表した「自然利子率(中立金利)」に関する分析結果が、市場で注目された。
自然利子率とは、経済・物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利の水準というのが定義である。起業して商売を始める場合などを考えてみると分かりやすい。
例えば、実体経済の状況などに照らし合わせ、どの程度の利子率(金利)だったらお金を借りて起業したいと考えるだろうか。むろん、人によって感覚は異なるだろう。しかし、平均的には経済活動に「中立」的な金利水準が存在することに疑いの余地はないだろう。これが、自然利子率である。経済にとって「中立」という意味で、中立金利とも呼ばれる。自然利子率は金融政策スタンス(政策金利)が引き締め的か緩和的かを判断する際のベンチマークとなる。
金融コンディションの良さ
ここで、ニューヨーク連銀の分析をまとめると、以下だった。
■人口動態などを考慮すると長期の自然利子率の上昇は認められない
■しかし、短期の自然利子率はFRB(米連邦準備制度理事会)の想定外に上昇した可能性が高い
■その背景は金融コンディションの良さ(レジリエンス)の問題である
ここで、自然利子率が「長期」と「短期」に分けられていることが、議論をややこしくしている。前述した自然利子率の定義は、主に「長期の自然利子率」のことをいっている。しかし、一時的なショックなどによって短期的に自然利子率が変化してしまっている場合は「短期の自然利子率」も重要である。これは「均衡状態」を考えるか、そうでない状態を考えるかの違いと言い換えられる。
ニューヨーク連銀によると、長期の自然利子率はおそらく変化していないという。コロナ禍で注目されたサプライチェーン(供給網)再構築の問題や、ロシアによるウクライナ侵攻後の東西経済の分断が長期の自然利子率を変化させたという見方もあるが、これらも今のところは一時的な変化である可能性が高いようだ。
だが、これだけ大幅に利上げをしてもリセッション(景気後退)が発生していないことからも明らかなように、短期の自然利子率は高水準である可能性が高い。
今回のニューヨーク連銀の分析が注目を集めた理由は、短期の自然利子率が引き上がっている背景に「金融コンディションの良さ」があるとされたことだ。通常、利上げをして金融政策を引き締めれば、さまざまなパスを通じて経済が悪化する。そして、株価は下落し、社債のスプレッド(利回り差)はワイド(拡大)化することも予想される。ところが、実際には2023年3月にいくつかの銀行が破綻するなど、間接金融には影響が生じた…
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週刊エコノミスト
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