インドへ“熱烈秋波”を送る西側諸国が受け入れられない一線 伊藤融
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存在感を高めるインドに秋波を送る西側諸国。6月に起きたカナダ国籍のシーク教徒殺害事件は、そうした関係の危うさを浮かび上がらせた。
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2020年代の国際情勢の激変の中、インドの戦略的重要性が指摘される。攻撃的な発言などで自国の主張を繰り返す「戦狼外交」を繰り広げ、台湾軍事侵攻の可能性も排除しない習近平国家主席の中国と、ウクライナ侵略・戦争を続けるプーチン大統領のロシアは、現行のリベラルな国際秩序に対し挑戦状を突き付ける。日米欧は結束して対抗しようとしているが、グローバルサウスと称される多くの新興・途上国の支持を得るには至っていない。そんな中、西側がこぞって秋波を送るのが、グローバルサウスの盟主を自任するインドだ。
そこにはそれなりの理由がある。まずはインドの現在、将来のパワーの大きさだ。今年、中国を抜き世界一の人口大国となったインドは、これから40年代まで人口ボーナスによる成長が続くと見込まれる。世界第5位のGDPが日本を抜いて第3位となるのも時間の問題だ。世界的な調査機関の長期予測では、50年の時点でインドのGDPは日本の4倍に達する(図1)。詳細は拙著『インドの正体』(中公新書ラクレ)をご覧いただきたいが、米中両国との差は経済面のみならず、軍事面でも縮まるとみられる(図2)。非暴力独立運動を率いたガンジーやヒットした映画「RRR」などにもみるように、ソフトパワーの源も豊富だ。
加えて、インドが中国やロシアとは決定的に異なるのは、市民参加による選挙で政治が運営される民主主義国という点だ。モディ政権下では野党や市民団体、メディアへの弾圧・規制が強化されているとはいえ、市民の意思による政権交代の可能性は残されている。
習指導部の中国がインドへの軍事攻勢を強めていることも西側に期待感を抱かせる一因である。印中は未解決の国境を巡り、20年に衝突して以来、前線での対峙(たいじ)が続く。撤退交渉は続けられているものの中国側に譲歩の兆しはない。インドは対中警戒を強めている。
岸田文雄首相は、日本の目指す「自由で開かれたインド太平洋」実現に、インドを「不可欠なパートナー」と強調した。そこにはこうした認識が背景にある。
強引な「合意形成」
インドを引き込みたい、という西側の思惑が明確に表れたのが、9月、インドが議長国として初めて主催したG20ニューデリーサミットであった。モディ政権は、来年春の総選挙を前に「世界のグル(指導者)」としてのモディ首相の姿を国民に印象付けることを狙い、春から閣僚会合を含め、さまざまなイベントを全国で展開し熱を入れてきた。ところが、ウクライナ戦争をめぐる中露と西側との溝は深く、これまでの会合では一度も共同声明が出せなかった。双方に譲歩の余地はなく、G20史上初めてサミットでも首脳宣言が発出できないのではないかとの悲観…
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週刊エコノミスト
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