つながっている“二つの戦争” 日本外交は独自性の発揮を 寺島実郎
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ロシアによるウクライナ侵攻と、イスラエルとイスラム組織ハマスによる戦闘──。二つの戦争は別々のようだが実際は深くつながっていることを理解しないと、ユーラシアのパワーバランスは見えてこない。そのキーワードとなるのはロシア、シリア、イランの関係だ。
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ウクライナ戦争ではドローン(無人機)が活用されているのが特徴だが、ロシアはイラン製を、ウクライナはイスラエルの技術に基づいたドローンをそれぞれ使っている。ウクライナのゼレンスキー大統領はユダヤ人で、国際的なユダヤネットワークの支援を受け耐久力を示している。とはいえ、イスラエルは建前上、ウクライナ戦争に「中立」のスタンスで、ウクライナへ武器を供与していないと強調している。イスラエルがこうした態度をとっている理由は、隣国のシリアの状況にある。
シリアのアサド政権はロシアに支えられており、ロシアと蜜月関係にある。その引き金になったのは、過激派組織イスラム国(IS)による内戦だ。米国はイラク戦争(2003〜11年)でフセイン政権を打倒し、追い詰められたイラクのスンニ派武装勢力がシリアに流れ込んで、内戦につながった。
シリアでたまるマグマ
ロシアは15年にシリア内戦への軍事介入を開始し、その後、シリア国内の2カ所の基地を49年間、租借することをアサド政権と合意し、中東の足がかりを得た。ウクライナ侵攻前は5000人規模のロシア兵を配置していたとされる。イスラエルが表向き、ウクライナへ肩入れしないのは隣接するシリア国内にロシアの軍事拠点があり、刺激したくないとの思惑があるためだ。また、米国にとっては、ロシアのシリア介入を許したという意味で、シリアという国は中東戦略の失敗の凝縮でもある。
イスラエルがシリアに神経をとがらせるのは、シリアが反イスラエルの「受け皿」になっていることもある。シリア国内には、レバノンの親イラン・イスラム教シーア派組織「ヒズボラ」が数千人展開しており、イランが支援している。また、イランの革命防衛隊もシリアで数千人が活動している。
イスラエルは第3次中東戦争(67年)で、シリア領のゴラン高原を占領し、米国のトランプ前大統領が2019年、ゴラン高原のイスラエル主権を認めた。シリア国内にはイスラエルへの不満のマグマがたまり続けている。その反イスラエルの動向を、ロシアとイランが握っているという関係を理解すると、「世界の火薬庫」でもある中東の構図が見えてくるはずだ。
一方、イスラエルとハマスの対立は、結果的にロシアを利することとなり、ウクライナ侵攻を隠す「目くらまし」のようになっている。ロシアの侵攻を受けるウクライナが提唱する和平案「平和の公式」の協議が10月下旬にあったが、各国の関心がイスラエルに移ってしまったことも影響し、共同声明を出せずに終わった。ウクライナ侵攻でロシアに向かっていた世界の批判のエネルギーが、一瞬にしてイスラエルに向かい、ウクライナ侵攻が忘れ去られたようになっている。二つの戦争がつながっていることを認識すべきである。
キリスト教のユダヤ化
中東情勢は複雑で、宗教的背景が異なる日本人には極めてわかりにくいが、「なぜ米国がイスラエルに肩入れするのか」についても理解しにくい。今回の中東情勢を読み解くうえで、米国・イスラエル関係も整理しておきたい。ここでのキーワードは「クリスチャン・シオニズム」。つまり「キリスト教のユダヤ化」だ。
イスラエルは1948年に建国宣言されたが、その直後に米国が世界に先駆けて承認した。曲折を経て、2017年にはトランプ前大統領がエルサレム…
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週刊エコノミスト
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