教養・歴史

インタビュー「海図なきインフレ時代の水先案内役」河野龍太郎BNPパリバ証券チーフエコノミスト

 専門家がそろって見誤った「世界的なインフレ」の実像に迫った『グローバルインフレーションの深層』(慶應義塾大学出版会、1,760円)の著者に聞いた。(聞き手=浜條元保・編集部)

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── 今なぜ、本書を執筆したのですか。

■前著『成長の臨界』では、日本の長期停滞をテーマに、金融政策を含めた過去四半世紀の経済政策を詳しくレビューしました。グローバルインフレについても2022年3月時点で、表面的には新型コロナのパンデミック(世界的大流行)による供給ショックに見えるが、主因は大規模な財政・金融政策に伴う需要ショックであると、的確に分析できたと自負しています。ただ、それ以上、物価について触れなかったのは、デフレやゼロインフレが長期停滞の原因ではないと考えていたからです。仮にインフレを上げることができたとしても、経済はよくならないという考えは今も変わっていません。ところが、前著を書き終えた22年7月以降、予想以上にインフレが上昇してきたので、その帰結を考えたいと筆をとりました。

専門家ほど間違える

── 本書の冒頭で物価見通しを、ご自身も含めて中央銀行や民間エコノミストといった専門家ほど間違えてきたと記しています。

■22年末に、物価研究の第一人者である東京大学の渡辺努教授と対談した際、「なぜ、専門家は物価見通しを誤るのか」が話題になりました。専門家は過去二十数年、多くの人が「物価が上がらない」というノルム(社会規範)にとらわれていると考え、日本のインフレは上がらないと説明をしてきました。物価予想の分析モデルにかけるデータも過去のもので、仮に先行きを見通すフォワードルッキングなものを使っても、最後に人々の「インフレ期待」については「人々の物価感は簡単に変わらない」と専門家は分かっているので、大きなショックが起き、大きく変化する時は先行きを見通せない。それは私も自覚していましたが、23年のはじめに出会った一本の論文にハッとしました。本書の第2章に詳述する英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のリカルド・ライス教授の論文です。そこには歴史的に大きな物価変動が生じた際、中央銀行や民間エコノミストなどの専門家ほど先行きを見誤ってきたことが論じられていました。これはまさに我々のことを言っていると痛感したのです。本書は私にとって「エコノミストとしての反省の書」なのです。

── 具体的にどんなことが論じられていたのですか。

■ライス教授は過去に3回の間違った事例を挙げています。一つは1960年代後半に始まった「大インフレ時代(グレートインフレーション)」、二つ目は80年代半ばに始まったインフレの安定期を意味する「大いなる安定(グレートモデレーション)」、三つ目が今回のコロナ・パンデミックを契機に始まった「グローバルインフレーション」です。過去のデータにとらわれ、かつ人々のインフレ期待が安定していると考える専門家ほど大きな変化が訪れると、見通しを誤ると指摘しています。

植田総裁への強い危機感

── 物価の番人である欧米の中央銀行が、そのコントロールに失敗した経緯を分析すると、システマティック・エラー(構造的な共通の原因を持つ失敗)であることに気づいたと書かれています。

■今回のグローバルインフレーションの原因は、新型コロナのパンデミックに伴う世界的なサプライチェーン(供給網)の寸断や労働供給の減少、ウクライナ戦争による資源価格の急騰など供給制約にばかり注目してしまったのが、最初の誤りです。真の原因は、欧米先進国では、想定以上に早いコロナワクチンの普…

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