“ブレトンウッズ3”としての21世紀版バンコール構想 世界秩序の再構築に向けて 桜内文城
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米国にだけ有利に働き日本はますます貧しくなる戦後の通貨経済体制は、世界的課題への対応面でも機能不全に陥っている。
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米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制のために利上げを開始したのが2022年3月。それ以降、日米金利差が拡大の一途をたどり、21年の平均為替レートは1ドル=110円から円安が加速し、現時点(23年11月)では150円前後の大幅な円安が続いている。
円安の要因は、日米金利差だけではない。財務省によれば、22年の貿易・サービス収支の赤字は史上最大の21.2兆円に達した。貿易・サービス収支は取引の都度、決済を要するため、その赤字は円売り・ドル買いの為替取引の実需を生む。他方、同年の経常収支は利子・配当所得(第1次所得収支)34.4兆円の大幅な黒字もあり、10.7兆円の黒字を確保した。しかし、その大半は現地通貨建ての再投資に充てられるため、円買いの需要は発生しない。従って、日米金利差と貿易・サービス収支の赤字が継続する限り、現在の円安が反転する見込みは薄い。
さらに円安は、資源輸入国である日本にコストプッシュ・インフレをもたらしている。FRBが利上げを開始し、ドル・円レートが1ドル=120円台に突入した22年4月にコアCPI(消費者物価指数、生鮮食品除く総合)が日銀の物価安定目標とされる2%を超え、半年後の同年10月にはコアコアCPI(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)も2%を超えた。その後もインフレは勢いを増し、直近(23年10月)のコアCPI2.9%、コアコアCPI4.0%という水準は、バブル崩壊以来、約30年ぶりである。
こうした円安とインフレが重なり、日本の労働者の実質賃金は18カ月連続でマイナスとなっている(23年9月)。19年平均を100.0とする実質賃金指数は、23年9月時点で81.7と、わずか4年で2割減という衝撃的な状況にある。
なぜ、これほどまでに日本人は窮乏化しているのか。国民経済計算体系(SNA)の理論的観点から考えてみよう。
円安・物価高の困窮
会計恒等式上、国内の貯蓄投資差額と対外的な経常収支は常に一致する。日本は米国のような基軸通貨国ではないため経常黒字の場合、円建てでプラスの貯蓄投資差額(貯蓄余剰/投資不足)が外貨建ての純貸付(対外債権)に変換される。実は、同じくSNA上、貯蓄は1年間の一国経済全体の資本(国富)の増加額を意味する。円建ての貯蓄余剰、裏を返せば国内投資という行き場を失った円建ての資本が、外貨建ての純貸付に変換されて海外に資本流出するのである。
一方、巨額の経常赤字を抱える米国は基軸通貨国であるから、日本に対する経常赤字も自国通貨であるドル建ての対外債務に過ぎない。FRBは理論上、ドル建ての対外債務を償還するために必要な準備預金(マネタリーベース)を無制限に供給することができる。基軸通貨国である米国から見れば、経常赤字という自国内の貯蓄(資本)不足をドル建ての資本流入で調達することにより、ドル建ての実物的な資本蓄積(投資)が促進され、より大きな利潤が得られる。
米国は日本よりもはるかに豊かな国である。今は中国と覇権争いをしているとはいえ、国内総生産(GDP)や軍事力は他を圧倒している。では、なぜ日本の労働者が窮乏化している今、日本人の貯蓄(資本)を米国に資本流出させているのか。
過去の経常黒字の累積である日本の対外純資産が470.2兆円にまで積み上がっている(23年6月末)。そのうち日本政府保有の外貨準備174兆円(1.2兆ドル×145円、同)を控除すると、民間保有の対外純資産は296.2兆円と計算される。これに対して、日本の全産業の内部留保(利益剰余金、連結処理を経てないので、いくらか差し引く必要はあるが)は、562.9兆円である(23年6月末)。
財務省の法人企業統計調査は全て円建て表示なので正確な計算は困難だが、全産業の内部留保のおよそ半額が外貨建て資産によって構成されていると考えられる。その結果、直近の23年第2四半期(4~6月)の全産業の営業利益19.6兆円に、営業外損益(利子・配当所得等)が加算された経常利益は31.6兆円に拡大している。その差額12兆円の多くが元は外貨建てだった可能性が高い。
従って、海外流出した資本は利子・配当所得を生むが、その大半が外貨建てであり日本の労働者に円建ての賃金として支払われることはない。円建て表示の経常利益が円安効果で過去最高を記録したとしても、日本の労働者には還元されず、むしろ労働分配率を低下させているのである。
1944年7月、連合国44カ国の代表が米ニューハンプシャー州ブレトンウッズに集結した。その会議の目的は、第二次大戦後の世界的なマネーゲームのルール、すなわち基軸通貨を金為替本位制のドルとするか(米・ホワイト案)、国際清算同盟の発行する新たな通貨(バンコール)とするか(英・ケインズ案)のいずれかに決することにあった。
ニクソン・ショック
42年7月以降、米英両国政府間で上記2案に関する激しい議論の応酬があったが、当時の英国はレンドリース(武器貸与)協定に伴う巨額の対米債務を負っていたこともあり、結局、国際通貨基金(IMF)協定でドルが金と同等の地位、すなわち唯一の基軸通貨となることが確認された。
通常、IMF協定が発効した45年12月から71年8月にドルの金兌換(だかん)が停止されたニクソン・ショックまでの四半世紀を「ブレトンウッズ1」と呼ぶ。しかし、米国人経済学者ロバート・トリフィンは、59年の米連邦議会証言で「特定国の法定通貨を国際的な外貨準備資産とすることは、世界の金融システムに『自動不安定化装置』を組み込むもの」と指摘していた。実際、国際社会は「基軸通貨ドルと金の価値を固定するブレトンウッズ体制(金・ドル本位制)の下、基軸通貨の流動性向上とその信認の維持は両立できない」とする「トリフィンのジレンマ」に直面したのである。
そこで、69年にはIMFが国際…
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