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教養・歴史 書評

日本発『嫌われる勇気』のオーディオ版がアメリカでヒットした理由 冷泉彰彦

 オーストリアの心理学者、アルフレッド・アドラー(1870~1937年)の心理学を対話形式で解説した『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎、古賀史健著、ダイヤモンド社、2013年)は日本でのヒットに続いて、アジア圏でベストセラーになり、次いでヨーロッパでも話題となっていた。その英訳"The Courage to be Disliked: The Japanese Phenomenon That Shows You How to Change Your Life and Achieve Real Happiness"がアメリカでも人気となっている。

 18年に発売された紙版はランキングをにぎわせることはなかったが、ここへ来て声優たちを動員したオーディオ版がヒット。紙版、電子版を合わせて現在アマゾンのノンフィクション部門で4位になっている(24年1月29日現在)。レビュー数も累計では1万5000に迫る勢いだ。

 アドラー心理学は、個人主義を掲げてはいるものの、理想主義や絶対善、人間中心主義といったプロテスタンティズム的な先入観を排し、人間の心理を徹底して「モノ化」するところに特徴がある。その意味ではアメリカ文化との相性は決していいとはいえず、世界の中でも人気化するのには時間がかかった。

 ただ、ここへ来ての人気の背景には、時代の変遷とりわけ「アメリカの分断」がある。コロナ禍において、東北部や西海岸ではマスクの着用もワクチン接種も進んだ。だが、南部や中西部は自己決定権を盾に「感染対策」を拒否した。また、トランプ前大統領の言動への賛否も、社会を真っ二つに分断している。従来型の善悪二元論からお互いを罵倒していては分断は深まるばかりであり、対立する反対側の相手を理解するには人間の心理の探求が必要となる。そうしたニーズにこの『嫌われる勇気』の提案する思想がピタリと当てはまったということがいえそうだ。

 本書はあくまで日本人の著作として紹介され、副題にも「日本での現象」という文言が入っている。つまり、日本発の哲学がアメリカを席巻しているわけだ。そう考えると誇らしいと思う向きもあるかもしれないが、裏返せばアメリカの「非アメリカ化」が進行しているとも思え、気になる動きである。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2024年2月20・27日合併号掲載

海外出版事情 アメリカ 日本発『嫌われる勇気』、アメリカでもヒット=冷泉彰彦

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